味つづり〈94〉 倉橋 柏山
    
山椒には花も実もある

 木の芽は日本料理の香辛料として欠かすことができない。猫の額ほどの庭に植えてみたが、何度植えても二年〜三年で枯れてしまう。
 山椒は昔から静かな場所を好むと聞かされてきたが本当なのであろうか。山に入って山椒の若芽(木の芽)を摘むときは、鼻歌すら歌ってはいけないと古老に聞かされた。
 縁日で、山椒の小さな鉢が売られるので、主人とおぼしき人に、そのことを聞くと、笑われて答えを聞くことができなかった。
 山椒は、縄文の古き時代より使われていたようで、山葵(わさび)と共に日本の二大香辛料である。
 山椒は、ミカン科の落葉低木で、日本の古代名は「フサハジカミ」。蜀椒ともいったとものの本に記される。日本のほか、中国大陸、朝鮮半島に分布するそうである。
 山椒は、ピリッとした辛味を珍重するので若芽をはじめ、花、実、樹皮と利用度は高い。分布地は北海道から本州、四国、九州と広く、材質がことのほか堅いので、杖にも用いるそうだ。すりこ木に至っては最高品として珍重される。
 春の代表的料理に、木の芽田楽がある。練り味噌に、木の芽をすり込み、豆腐にぬり付けて焼くという簡単な料理であるが、食べてこの料理ほど、旨い、まずいがはっきりする料理も少ない。木の芽の緑色を生かすには先ず、白味噌の良いものを用いること。木の芽だけ沢山用いて緑鮮やかにすると、苦みが勝ってうまくない。
 ほうれん草の葉の部分を細かに刻み、すり鉢でペースト状にすり、水を注ぎながらかき混ぜて水のうで濾す(裏ごしである)。緑色の濃い水を鍋に入れて火にかける。沸騰したら火を止める。盆ざるに布巾をのせ、その上で濾すと、布巾の上に緑色の粉末が残る。青寄せといって着色剤として木の芽味噌に混ぜて彩りを加減する。少しずつ加えて色加減を整える。緑鮮やかな実にきれいな色に仕上げる。
 市販の安豆腐では駄目。木綿、絹は好みであるが、旨い豆腐が不可欠。豆腐の水気を程よく切り、食べよい形に切って、充分に芯まで火が通るほど焼き、程よい柔らかさにもどした木の芽味噌を表面にたっぷりぬりつけて表面に少し焦げ目が付くほどに焼き上げる。田楽串は焦がさないために後から刺す場合もあるが、焼く熱源によって、豆腐に刺しておくほうが扱いやすい場合もある。
 上手に焼き上げると至福の味である。里芋や筍、茄子、白身系の魚介類と田楽の利用度も広がる。ただし魚を用いると魚田である。
 木の芽は吸い物の吸い口として用いるほか、煮物、和え物、すし、焼物、蒸物と日本料理に欠かすことのできない香辛料である。
 山椒は、雌雄異株で、棘のあるものと無いものがあり、辛味や芳香も異なるようである。晩春から初夏、緑黄色の小花を花山椒という。五月末から七月、花が終わって青い小さな実を付ける。噛むとピリピリと辛く、強い芳香を放つ。青山椒の実も花と共に香辛料として用いる。秋になると、実は茶褐色に熟してはぜる。これを割り山椒と呼び、粉山椒に用いられる。
 花は茹でて水にさらして水気を絞り、醤油とみりんで佃煮にする。塩漬けや酢漬けという保存法もある。
 青い実の佃煮も作っておくと何かと便利である。
 小枝から実をはずして四〜五分ゆでて水でさらし、ざるにあげて水気を切り、醤油、みりん、酒でじっくりやわらかく弱火で汁気がなくなるまで煮含め、佃煮状に仕上げる。
 いわし、あじ、さば、穴子、うなぎなどを煮るときに加えると、山椒特有の相乗作用によって独特の旨みをかもしだす。また、青魚特有の臭みも消える。隠し味として料理に少量加えるだけで味が引き立つが、資源は無限ではない。限りある資源を大切に、根こそぎい採りすぎないことである。