受動喫煙対策シリーズ4
サービス店、飲食業の受動喫煙管理について
東京大学医学部大学院 医学系研究科 中田ゆり

世界に広がる 禁煙化の波
 飲食店の禁煙化は世界の潮流です。ノルウェー、アイルランド、ニュージーランド、タイ、ブータン、イタリア。イタリアは2005年からになります。この他にもアメリカのフロリダ州、ニューヨーク州など、かなりの州で条例によって禁煙が決められています。それからカナダ、オーストラリアといった大都市です。
 日本でも禁煙化の波が押し寄せています。受動喫煙の被害が訴えられる時代になりました。2004年7月17日に受動喫煙に初の賠償命令が出ました。江戸川区で働いている方で区の安全配慮が不十分であったとして提訴、その結果その職員への支払いが命じられました。金額は5万円でしたが、衝撃的なニュースでした。なぜなら、受動喫煙、タバコの被害を巡る訴訟では初の有罪判決という賠償命令が出たということで、大きく新聞にも載りました。
 そして7月22日にはタクシーの運転手、乗客の方々が、煙害は国に責任があると国を訴えました。タクシーの車内の禁煙を国が適切に指導しなかったために長年に渡って運転手や顧客も受動喫煙の害や、精神的な苦痛を受けたとして、運転手と業者と国に1、360万円の損害賠償を求める訴えを起こしました。これも注目されています。

日本のタバコは 世界一安い
 さて日本の飲食店における問題点について、少しお話をします。飲食店と受動喫煙の大きな問題は、一般の職場に比べて飲食店は吸いに来る目的で来られる方が多いのです。タバコの濃度もぐんと上がります。特に居酒屋、コーヒーショップは、お酒とタバコ、コーヒーとタバコはペアですので、それだけ皆さん楽しんで吸っています。
 顧客と従業員の健康問題が重要視される時代になってきました。健康増進法もできました。この中にサービス業、飲食店も入っています。これを目にした国民は、特に非喫者は「受動喫煙は健康に被害がある。私達は声をあげなければならない」と、言い始めています。ところがそれに対して行った対策の多くが喫煙席を用意しました、という程度。それが日本の現状です。禁煙席の1m先に灰皿が置いてあるといった、全然分煙になっていない悪い例です。喫茶店の分煙状態ですが、これも禁煙と喫煙をただ分けただけです。吸う場所が違うといっただけです。こういうお店が殆どだと思います。
 受動喫煙をなくす手立てはないかということで、今、研究をしていますが、5つの段階に分けてみました。完全禁煙、これは一番空気がキレイな状態です。次に完全分煙、これは空気を遮断します。しかしこれは開け閉めの時に流れてしまいますし、換気装置コストが高いです。次に非完全分煙、これは×です。時間分煙も×です。時間を分けても前の喫煙タイムの煙が残っているのです。空気清浄機というのは、とても有効なようですが、実験をしたところ効きませんでした。ガス状物質が殆ど残っている。メンテナンスをしていても粉塵が一ヵ月後には9割方、素通りします。空気清浄機は高いですが、有害物質を取りきれないものだということを最近わかってきました。厚生労働省も空気清浄機を過信しないようにといっています。

キレイな空気を吸うことも人権
 なぜ防止対策が必要なのかというと、国立がんセンターで計算したところ、受動喫煙における死亡者は年間2万人から3万9、000人いるということがわかりました。肺がんで亡くなる方が900人。直接自分で吸って死亡する数は、年間11万人です。一日300人、ジャンボジェット機が一日に一機落ちる計算になります。
 1978年に「キレイな水を得ることは人権である」という宣言が国連で出されました。人間は生きて行く上で水と空気も必要です。そして、キレイな空気を吸うことも人権ではないか、といわれる時代になりました。これはアイルランドの研究報告ですが、2004年の6月、英国のパブやレストラン、従業員の受動喫煙による死亡数は年間49人、1週間に1人死亡しているという計算になるそうです。日本でも近い将来こういう数字が出てくると思います。

空気が美味しい店をPR
 これからの禁煙席はどうしたらよいか。これまでの禁煙席はタバコが吸えない席だったと思います。現在の考え方で言いますと、タバコの煙が流れてこないのが禁煙席です。つまり安全で新鮮な空気が存在するところが禁煙席です。対策が遅れている日本で2003年に調査をしたものですが、飲食業界の認識不足があるといえます。受動喫煙防止を知らないオーナーが4割以上。法律によって受動喫煙の防止が定められていることを知らないオーナーが7割、そして将来的に防止対策をとるつもりはないという方が6割弱いました。
 「食の場所」というのは人の命をつなぐという観点から、飲食店の場合は安全な空気、プラス美味しい食事、温かい、サービスが良い、従業員の人達の感じが良い、笑顔があるという、トータルな付加価値が求められている時代だと思います。
 付加価値として料理だけでなく雰囲気でなく、空気も美味しいということがこれからは重要となってきます。
 健康で安全なイメージ作りということで有機野菜を使っているなどをPRしているところもありますが、もっと空気がキレイだということをPRしたらいかがでしょうか。食材にもこだわりいいモノを使い、プラスそれを健康な空気で楽しむ事ができます。美味しい料理、清潔な空気、心のこもったサービスは良い顧客を呼びます。話題性を作るということがこれからは必要です。ここは空気のキレイな店ですよとPRする。地域に浸透させていくようなアピールの仕方はいかがでしょうか。
(9月6日に富士商工会議所で開催された静岡県飲食業生活衛生同業組合の受動喫煙対策講習会での講演の概要です)