味つづり〈44〉 倉橋 柏山
 
合鴨の美味なる抱身
「鴨鍋や堅田の浪の寄る小部屋」新倉美紀子

 私も十年位前、琵琶湖の北、波の音が聞こえそうな部屋で、窓に小雪がちらつくのを見ながら鴨鍋を味わったことがある。
 鴨は、ガンカモ科に属するカモ類の総称で、種類は約120種ほどあり、極く一部を除いて世界中に分布している。わが国へは秋に渡来して各地の海岸や湖沼、河川などに群棲して越冬する。最も旨いのは野生の真鴨である。金沢の大聖寺では昔ながらの独特の網猟が行われ、私も数年前、無傷の鴨を食べた。近年は養殖も行われ、少量ながら生産も増えつつあると聞く。野性鴨の狩獲許可は十一月十五日から翌年の二月十五日で、脂がのって旨くなるのは寒さもきびしさを増す十二月以降である。
 野生の鴨はことのほか美味であるが入手が困難であるため、マガモとアヒルを交配した「間鴨、合鴨(あいがも)」を代用するとよい。
 「鴨が葱を背負って来る」のことわざもあり、鴨と葱は相性のもので、鴨鍋も旨い。鴨を煮るのだから鴨の骨でスープを取るのが理想であるが、だし汁か鶏のスープを鍋に張り、淡口醤油、酒、塩少々で調味し、抱身のそぎ身をさっと煮て、煮汁と共に食べる。取り合わせる材料は長葱のほか、粟麩、椎茸、えのき茸、豆腐、せりなどで、雑炊でしめくくるのもいいが、鴨からいいだしが出ているのでうどんが断然旨い。抱身の皮の部分を程良く加えて二度引きにする。ミンチをすり鉢ですり、塩少々を加え、浮き粉又はカタクリ粉をだし汁で牛乳色に溶き、少しずつ加えてすりのばし、どろっとなったら卵黄を混ぜ、つくね地をスプーンですくって鍋に加えることもおすすめで、鴨のミンチは鴨鍋に欠かせない。
 合鴨ロースという抱身の旨い食べ方もある。皮目に包丁ですじ目を入れ、熱したフライパンでこんがり焼いて脂を抜き、ぬるま湯で洗い、金串に刺して一時間ほど血抜きをする。抱身がすっぽり入る深目のバットに酒、みりん各1、濃口醤油2、砂糖少々の割合で火にかけ、沸騰したら鴨肉と一緒にバットに入れ、蒸気のあがった蒸し器に入れて6〜7分蒸す。半日ほど汁に浸して味をなじませ、切り分け、溶き辛子で食べる。煮ロースという方法もある。
 金沢の名物に治部煮という料理がある。本来は真鴨であるが、抱身をそぎ切りにして小麦粉をまぶし、だし汁に醤油、酒、砂糖適宜を加え、やや甘辛に調味し、煮汁が煮立ったら抱身を加え、火を通しすぎないように注意して煮る。加賀の郷土料理風に仕上げるなら、すだれ麩、椎茸、ほうれん草を煮汁で炊き、盛り合わせて、おろし山葵の薬味でいただく。味はあくまで自分の好みでいいが、火の通しすぎは禁物である。
 蕎麦屋の鴨南蛮、最近は合鴨が入るようになったところもあるが、合鴨で簡単に出来る。抱身をひと口大に切り、一人5〜6枚用意する。茹麺を充分に温めて器に盛り、だし汁10に対し、醤油、みりん各1の割合の汁で鴨肉に火を通す。長葱は3〜4cm長さに切り、一緒に煮るか、鴨の脂身で焼く。そばに汁をたっぷり注ぎ、鴨肉、葱をのせ、刻み柚子を振り入れて熱つあつを食べる。鴨南蛮は、鴨肉と葱だけのシンプルさを良しとするが、自分で作るなら、茹でたほうれん草、紅葉麩、湯葉、しめじなどを添えれば豪華である。
 鴨丼も手軽で旨い食べ方である。抱身を小さく切り、包丁で粗みじんに叩く。長葱を薄く斜めに切って玉子丼鍋に並べ、鴨の叩肉をのせてそば汁を注ぎ、火が通ったら溶き卵を流し入れる。半熟状で火を止め、余熱で蒸らす。丼に熱いご飯を盛り、その上にのせ、もみ海苔、七味唐辛子、又は山椒の薬味で、作り立ての熱つあつを食べる。
 野生の真鴨の味には遠く及ばないが、割合安価で手軽に作れるということでは、合鴨の抱身はまことによい素材で、しかも旨いのがありがたい。