味つづり〈42〉 倉橋 柏山
新緑に向けて脂が乗る魚
伊佐木(幾)という塩焼きにするとめっぽう旨い魚がある。関東では青葉若葉の5〜6月が旬。関西では梅雨いさきと言って、梅雨の水を吸うと脂がぐーんと乗って旨くなるという。寒暖の差が異なる縦長列島ゆえ食べごろの旬が異なっても不思議はない。初夏から秋にかけて多く出回るが、高知県や香港などの蓄養物の入荷があって市場には周年出回るようである。
味の良い大衆魚の代表格であったが、天然の型の良い新鮮なものは高級魚である。
硬骨魚綱、スズキ目、イサキ科の海産魚のいさきは、日本の本州中部以南から南シナ海の海藻の多い岩礁地帯に生息し「斑魚、鶏魚」とも書く。三年位で成魚になるが、若魚の頃は頭から尾にかけて数条の黄褐色の縞があり、猪の子と同様に「うりんぼう」とも呼ばれるが、成長と共に縞は不鮮明になる。三浦あたりの古い漁師は「かじやごろし」という。意味はわからないが、鰭のとげと骨が固くて鋭いのが由来のようである。ウロコ、エラ、内ぞうを取って姿焼きにするのが最も旨い食べ方であるが、煮付けにもする。この場合も一匹丸ごと姿煮に限る。この魚、ひれのとげと小骨に充分気を付けて食べることである。
今の子供は、焼くにしろ、煮るにせよ魚を喜ばないと聞く。多くの場合、魚の小骨による食べにくさであるが、それはとりも直さず母親が小魚料理をきらうがゆえである。特に青魚などの小魚の類の料理作りをきらうように見受ける。作って食べさせる機会が少ないから子供が魚になじめず食べなくなる。特に食べなれない子ほど、小骨をいやがって食べ方も下手である。鮮度の良い魚は旨い。最初は切り身で馴れさせる。切り身にも小さな骨がある。親が一緒に食べながら教える。そして出来るだけ食べる機会を多くして魚に馴れさせることである。
鮮度が良ければすべてと言っても過言ではないほど、魚は刺身が旨い。いさきもしかりで、新鮮で大きいものは三枚におろし、腹骨をすきとり、小骨を抜いて皮を引き、そぎ作りか引き作りにする。醤油に柑橘類のしぼり汁を少し加え、おろし山葵の薬味で食べる。魚は総じて皮が旨い。いさきには磯魚特有の香りというか臭いがあるが、皮目に熱湯をかけ、手早く氷水に入れて冷まし、水気をふきとって、皮霜作りという、そぎ作りの刺身手法がある。調理の専門用語が出たついでにもう一つ、三枚におろして両褄折りという串の打ち方で塩焼きにすると、食べる方はありがたい。いさきは大きさの割りには身が厚いので、おろした身を折り曲げにくいが、身の流れに沿って両端を身の内側に少し折り曲げて金串を二本末広状に刺し、皮目に飾り庖丁目を入れ、全体に塩を振って焼きあげる。三枚におろした身は、当然のことながら小骨はていねいに抜き取る。
すっぽん仕立という、酒をたっぷり加えた煮付けも旨い。鍋に水と同量近い日本酒を注ぎ、みりん少々を加え、古根生姜の薄切りを二〜三枚入れて火にかけ、煮立ったらいさきを入れ、醤油を適宜加えて煮上げる。煮魚のコツは、煮汁が煮立ってから入れる。そして切り身でも一匹丸ごとでも、出来るだけ喧嘩をしない、つまり、鍋の中で重ならないように入れ、煮汁がふきあがって魚にかぶったら火を少し弱め、落しぶたをして煮含める。今日、木ぶたなど多くの家庭にないので、ペーパータオルをかぶせるとよい。味はそれぞれ好みがあるので、自分で食べる場合は、自分好みに調味することである。煮あがったら身くずれしないように一文字やフライ返しなどと一緒に箸を添えて取り出します。そして天盛りに木の芽や針生姜などを添えるとよりいっそう味が引き立ち彩りも美しい。
酒、みりん、醤油同量の地に三十分ほど浸し、カタクリ粉を付けた立田揚げなど旨い食べ方である。