味つづり〈105〉 倉橋 柏山
     菜 め し

 「きみがため春の野にいでて若菜つむ我が衣手に雪はふりつつ」小倉百人一首。この歌は、五十八代光孝天皇の御製である。
 今どき、春の野に出て若菜(春の草の類)をつむなどと言うと、遠い昔のことと笑われそうであるが、春の野遊びは若菜以外にも楽しみはある。
 私は、老の手遊びで陶芸のまねごとをしている。地名は横須賀であるが、葉山カントリークラブに近い、子安の里という里山の風情が残る閑静な地で、そこに登り窯を築く陶芸家は、この地を歩けば三十年ほど前は、たらの芽はいくらでもあったが、今は影も形も残っておらんと、嘆いていた。それは後を考えずに根こそぎ取り尽くすからである。自然を愛する心がほしいものである。
 菜飯という至極簡単で旨い混ぜご飯がある。彩りが良くて旨いのは大根葉を用いるのが良い。が、大根に葉が付いていないのが、これまた困りものである。その他には、小松菜、京菜、かぶの葉、それに嫁菜がある。
 いずれも塩を加えた熱湯で茹で、手早く水に取ってさらし、水気をしぼって細かく刻む。昆布、酒を加えて塩味のご飯を炊き、それに混ぜるだけである。
彩りが良く、大根葉特有の香りがあって、美しく美味しいご飯である。そのまま入れて混ぜ込んでも良いが、一応刻んだ葉を空鍋に入れ軽く水気を抜く程度に乾煎りすることである。少量の昆布なら取り出さなくとも良いが、一応私はプロの料理人である。昆布は沸点に達したら取り出すと、昆布臭さがなくご飯も美味しくなる。
 紫蘇がある家は、紫蘇飯も旨い。極く若い葉よりも、大きくなった葉を摘み、良く洗って水気をきって細かく刻む。たっぷりの塩を振って良くもみ、黒く青ずんだ色がなくなるまで何度もしぼる。炊き立てより少し蒸れ加減の頃合いで、ご飯にたっぷり混ぜる。塩は粗塩が良く、紫蘇に残る塩加減で、ご飯に程良い塩味が付くくらい、塩もみするとき、粗塩をたっぷり加えるのが旨さのコツである。
 二月になると、嫁菜や土筆が出る。野生の嫁菜は多少アクがあるので、塩茹でにして二〜三度水を取り替えてアク抜きし、大根葉と同じ手法で炊き上げる。茎が固い場合は、葉だけむしり取って茹でる。
ふくみ漬けという料理がある。これはおし浸しのことで難しいものではない。
 土筆は熱湯で茹でて水に取り、袴をむき取り、穂先三センチほどに切る。嫁菜と一緒にだし醤油に浸して味を含ませる。だし醤油は、だし汁に酒、みりんを各一割量ほどを加えて火にかけ、アルコール分を抜き、淡口醤油か、好みで濃口醤油を二割弱を目安に、各自好みの味加減で味をととのえる。よく混ぜ合せて、小鉢につんもりと中央を小高く盛る。煎り胡麻をぱらりと振る。これにうどの細切りか、かぶを加えると、歯ごたえも良くなる。
 土筆も嫁菜も群生に近いほど繁茂するので、場所を見極めて行けば沢山摘むことができる。
 すり胡麻にマヨネーズを加えて和えると、若い方はサラダ感覚で喜ぶのではないだろうか。少し手を加えるなら辛子酢味噌で和えてもいいだろう。
 菜飯といえば田楽。田楽といえば菜飯といわれたが、これも遠い昔の話になってしまった。
 茹でずに土筆と嫁菜のかき揚げも春らしい料理である。
 小鉢物にして家族三から四人分に足りない場合は、すまし汁に少量浮かべて、景色として楽しむという方法もある。
 ふきのとうもある。いずれも寒暖によって時期はずれるが、春の楽しみのひつとである。春の若芽は、旨いまずいは別にして大方食べることができ、油で揚げる。炒めると野性味を堪能することができる。くれぐれも根こそぎ取り尽くさないことである。