味つづり〈90〉 倉橋 柏山
楤の芽は山菜の王者寄る年波で山に分け入り、山菜採りをすることはできないが、若い頃仲間と出掛け、夜は山菜パーティで盛り上がったことがある。
この季節で最も人気の高い山菜は「楤の芽(たらのめ)」である。
早いところでは4月になると楤に新芽が出る。3〜4センチの楤の芽の天ぷらはまことに旨い。天つゆもいいが、塩を振って揚げ立てを食べる味は、山菜の王者である。
山うどに似た風味とほろ苦さは、春から初夏の山菜独特の味わいである。味の深みと歯ごたえもたまらない。
私の生まれ在所では、楤の芽を“タランボウ”と呼んでいた。地方によってタランボ、タラッペ、タラッポと、愛すべき方言で呼ばれるようである。
概ね日本全土の山野に自生するウコギ科の落葉低木である。
本の受け売りであるが、棘のことを古語でタラと言ったそうだ。
楤の木は、幹や枝は、強剛な棘でおおわれ、素手で触るとたちまち指に傷ができ、かなりうずく。新芽を包む苞の部分にも小さな棘が無数にあり、楤はまさしく棘の木ということになる。
13〜14センチに伸びた若枝の棘は、指に刺さると血がにじむほどであるが、天ぷらにすると不思議と気にならないほど軟らかで歯ざわりがいい。野生ならではの味わいである。
普通、5月、6月が旬とされるが、雪解けの遅い地方では7月頃でも採取できるありがたい山菜である。
神奈川県の葉山山麓に登り、窯をかまえて25年になる陶芸家の知人の話によると、窯を始めた当初、ちょっと山に入ると楤の芽はいくらでも摘むことができたそうだ。今は探しても見当たらないと嘆いていた。
楤の木は、6月以降、芽を採りつくして丸坊主にしてしまうと、100パーセント枯れてしまい、次の年に芽が出なくなる。心無いハイカーや山菜採りが根こそぎ採りつくし、丸坊主にすると楤は枯れるのでくれぐれも注意すべきである。
市販される楤の芽はほとんど栽培物で、店頭には早くから出回るが、ほろ苦さと風味が乏しい。心なしか歯ごたえも良くない。
楤の木は、冬季に休眠するそうだ。その習性を利用し摂氏5度以下で800時間以上経過しないと芽を吹かない。冬の楤の木を15〜20センチ、2〜3個、芽を付けて切り、おがくずの床に挿し込み、成長物質のホルモンを噴霧して眠りを覚まし、水を充分に与えてビニールトンネルで覆って発芽させたものが、市販の栽培楤の芽であると、物の本に記される。
楤の木の樹皮には薬効があるそうで、皮を乾燥させて煎じて服用すると糖尿病、腎臓病、胃腸病などに効くそうである。太い物は、杓子、すりこ木、経木、マッチの軸などに用いたそうである。
楤の芽の特有の香気は、強壮効果や健胃、食欲増進と良いことずくめである。
食用とするのは新芽。天然自然の新芽は香気が良く、茹でて浸しものや胡麻和え。
はかまを取り、油をぬって焼き、火が通ったら味噌をぬって炙った田楽は、野趣があって生ならではの味わいである。
たて四つ切にして塩を加えて熱湯で茹で、水に取り、水気を切り、帆立て貝、サラダ菜と味噌ドレッシングのサラダ風の食べ方も捨てがたい味である。
はかまを取り、よく洗って、たて2つか4つに切り、鶏肉とご飯に炊き込んでも旨い。調味は、昆布、酒、塩、淡口醤油。
鶏肉は細かく切り、楤の芽の薄切りと一緒に卵とじにする。
ベーコンで巻いて焼いても旨い。固めに茹でて水にさらし、水気を切り、3枚に下ろして幽庵地(醤油・酒・みりんの同割りに柚子やカボスの輪切りを入れたもの)に30分ほど浸した太刀魚で巻いて焼き上げるなど、食べ方は工夫次第である。