味つづり〈86〉 倉橋 柏山
川魚の美味なる味わい 五月五日は端午の節句。男の子のいる家では鯉のぼりを立て、五月人形を飾り、菖蒲湯に入るのが古くからの習わしである。
鯉は生命力が強く、生きたまま水で濡らした新聞紙で包んでおくだけでかなり長く生きている。
私も永いこと庖丁式を研鑽しており、多くの鯉を扱ってきたが、生きた状態の鯉を切るのは気分が良いものである。
鯉は黄河の激流にある滝を登って龍になるという中国故事にもとづき、「龍門の鯉」は四條流における最高位の切り方とされて、日本でも登龍門の栄達の祝いとして用いられる。
鯉は庖丁式はもとより、料理に用いる場合でも必ず生きているものを用いる。生きている鯉は勢いが良く、しっかり頭をおさえ、出刃庖丁の峰で目と目の間の急所をいっ気に強く叩いて失神させて苦玉(胆のう)をつぶさず頭を切り落とす。胸鰭の下三枚目あたりの鱗を目安に苦玉を取る。苦玉は緑がかった黒に近いものであるが、つぶすと身が苦くて食べられないので注意して取り除く。
先ず、鯉のあめ煮を紹介しよう。鯉の大きさにもよるが、内臓も鱗も取らずに分厚く五つか六つ位の筒切りにする。これを板前は「気切り」という。
水六カップに対し、日本酒三カップを加えて火にかけ、沸騰したら筒切りの鯉を順に入れ、中火の火加減で落し蓋をして五〜六時間煮る。一度火を止めて冷めたら砂糖と濃口醤油を三度に分けて加えながら二〜三時間煮含める。これ位では、中骨も鱗も完全にはやわらかくならないので、専門店の味を楽しむなら、約一日弱火で白煮(味をつけないで煮ること)をする。
翌日、再び火にかけ、砂糖と醤油を三度に分けて半日ほど弱火で煮含める。これだけ時間をかけると骨も鱗もやわらかになる。針生姜の薬味で食べる味は夏の美味である。
鯉の最も旨い食べ方は「鯉こく」ではないだろうか。
あめ煮と同じ状態の筒切りをさっと霜降りにして水気をきり、水に一割ほどの日本酒、大きい梅干しの種を取り、指で押しつぶして加える。赤味噌と白味噌が理想だが、好みの味噌を煮汁の分量の五〜六%を目安に加え、半日ほど弱火で煮込む。火を止めて完全に冷めるまで置くと、身がやわらかであるが、味がひきしまり、骨も鱗もやわらかになる。さらに少量味噌を加え、三〜四時間煮込む。専門店の味を望むなら、静かに身を取り出す(注意しないと身崩れがする)。汁を漉して身を再び静かに汁にもどし、味を見て味噌少量を加え、ささがき牛蒡をふり入れ、ひと煮立ちの熱々に、粉山椒の薬味は至福、夏の醍醐味である。鱗が実にいい舌ざわりである。
鯉はどんな立派なものでも死んだものは生臭いので使わない。必ず生きた鯉を出刃庖丁の峰で、頭の頂点に力強く一撃を加えて静かにさせる。
鯉を手荒につかむと勢い余って暴れるので、俎の上で静かに扱う。
おろし身の皮を引き、そぎ作りの洗いは夏の醍醐味である(鯉は五〇度位の湯洗いが良しとされる)。氷水でしめ、辛子酢味は美味至福の極みである。
すっぽん煮、塩焼き、味噌漬け、照り焼き、山椒焼きと、食べ方も工夫次第である。
筒切り、おろし身をから揚げにして食べても旨い。骨付きならじっくり中温の油で揚げ、冷めたらもう一度揚げる。三度に分けて揚げると骨ごと食べることが出来る。
天つゆ、ポン酢醤油に紅葉おろしの薬味は、香ばしくて旨い食べ方である。マヨネーズに山葵と醤油を適宜加えたソースは若い方に喜ばれるようである。
人参、牛蒡、椎茸、絹さやの細切りを八方地で火を通し、片栗粉でとろみをつけ、揚げ立てにかける。ジューと音のする状態の野菜あんをかけたから揚げも旨い食べ方である。