味つづり〈78〉 倉橋 柏山
火を通すと美しいピンクになる福島県の勇壮な神事に、相馬野馬追祭りがある。相馬藩の練式と調馬のために行い、千余年の歴史が今に伝わる。この祭りに欠かせない郷土料理が「ほっきめし」であるそうな。
ほっき貝は呼び名で、和名は姥貝(ウバガイ)。正式名は、バカガイ科の二枚貝で、北寄貝(ホッキガイ)という。三陸、北海道が主産地。日本海北部にも生息する。旬は春から夏。市場には周年出回るようだ。
貝の形は蛤に似る。殻長9.5センチ、殻高7.5センチと大きく、膨らみがあり重く、殻表は暗褐色で筋が走る。俗に舌と呼ばれる足は紫灰色。噛むと歯応えがあり、足は美味である。火を通すと美しいピンク色に変わる。新鮮な活は刺身で食べるのが最も旨い。
相馬のほっきめしは、貝の殻をはずす時に出る汁は、炊飯時に使用するので、殻から身を取り出して出てくる汁は捨てずに布巾かペーパータオルで漉しておく。開いた貝は塩水で洗い、1個を5〜6切れにする。
昆布だし汁に貝の漉し汁を加え、酒、淡口醤油でさっと火を通す。貝の煮汁でご飯を炊き、炊きあがったらほっき貝を加える。針生姜または木の芽、もみのりなど、いずれかを振りかけて食べる。貝のピンクが美しく、食べてもことのほか旨い。たけのこやごぼう、椎茸など具を加えることもあるようだ。
酢との相性がよく、酢につけると色がいっそう鮮やかになり、味も増すようである。
旅館(福島の温泉宿)で、ほっき貝の吸物が出た。玉子豆腐にふきをあしらい、ピンクの彩りの良いほっき貝が入り、木の芽が添えてあった。見た目の色合いも良く、旨い吸物であった。この貝は火を通してもさほど固くならないので焼物、煮物、揚物と使い道が多い。それに彩りがいいのがなによりうれしい。
赤に近い彩りの良すぎるものが市販されるが、あまり旨くないので、殻付きの生きた貝を求めて料理することである。生そのままの握り鮨を食べたが、彩りが悪いので、刺身にする場合でも霜ふりにすると色が冴えて美しい。うど、胡瓜、茗荷などを妻に取り合わせて山葵醤油で食べる味は格別である。
天ぷら衣に卵黄を加え、ほっき貝に天豆(そらまめ)をのせ、三つ葉か海苔常で巻き止めて、小麦粉をまぶして黄身衣を付けて油で揚げた黄身揚げに、ライムと塩を振ればビールのつまみに最適である。
客用にもてなすなら、卓上コンロに大きな貝殻をのせてバターで焼きながら食べる。ひもや貝柱も旨いので、椎茸や茗荷、獅子唐などと一緒に焼けばバリエーションも楽しむことが出来る。調味は、醤油と酒とレモン汁を各1対1で合わせて用いる。
私は横綱級の汗かきであるが、真夏でも羹(熱いもの)が大好き。煮麺で汗を流すと壮快になる。
素麺は一度茹でてもう一度火に通すので固茹でにする。流水でさらす。素麺の水気をよく切る。だし汁を火にかけて、酒と淡口醤油と塩少々で調味する。煮立ったら片栗粉をまぶしたほっき貝と素麺を入れてひと煮立ちさせて器に盛る。柚子こしょうの薬味で食べる。商品とするなら茄子、獅子唐、長葱を素揚げにして乗せる。熱々をふうふう吹きながら汗を流すのも夏の醍醐味である。
マヨネーズの酢の入らない状態を卵の素と呼ぶ。ほっき貝を卵の素で焼く。細切りほっき貝、蚕豆、とうもろこしをバターで炒め、塩、こしょうで調味する。貝殻にバターを塗り、卵の素で和えて、貝殻に詰め、粉チーズを振りかけてオーブンで焼く。焼き立ての熱々は妙味である。
小口に切った胡瓜の塩もみ、もどしわかめ、茗荷の小口切り、食べよい細切りのほっき貝と一緒に、生姜酢で和える。味は好みがあるが、甘味を控えて生姜を効かせる。
夏の酢の物は、すっきり味で冷たくするのが、もてなしの心得である。