味つづり〈76〉 倉橋 柏山
         
体が温まる濃餅汁  
   

 「・・・・水のように冴えかえった冬の夕暮れである。
 平蔵が朱蒙しておいた熱い(のっぺい汁)と酒がはこばれてきた。大根、芋、ねぎ、しいたけなどの野菜がたっぷり入った葛仕立ての汁へ口をつけた平蔵が「うまいな。」これは池波正太郎の「鬼平犯科帳」「礼金二百両」の一説である。
 のっぺい汁は、全国各地で作られて古くから食べられていた。「料理物語」寛永20年(1643)に刊行された料理書に、カモ、シギ、ウズラなどの鳥肉を用い、ウドン粉(小麦粉)でトロミを付ける方法が出ている。
 平蔵が食べたのっぺい汁は精進仕立のようである。のっぺいは、野鳥など、鳥肉と野菜を煮込み、でんぷんでトロミをつけた料理で、中国の調理技法と共に、日本的に発展したものと思われる。
 里芋、大根、人参、牛蒡、椎茸、れんこん、こんにゃくを食べよく切り、だし汁に入れ、酒、塩、醤油少々で調味してカタクリ粉でトロミをつける。寺院の精進料理が民間に伝わり、鶏肉、高野豆腐、木綿豆腐なども入り、砂糖を用いる地方もある。
 精進仕立の場合は、油揚げを加えて味とコクを出す。麩を油で揚げて加えるなど、野菜だけでも濃厚な味を楽しむことが出来る。でんぷんでトロミを付けるので、口あたりがなめらかで汁が冷めにくく、寒い時は体が芯から温まる。
 のっぺい汁は、濃餅、能平、能い汁、ぬっぺ、のっぺい湯、ぬっぺい汁などと各地で呼び名も異なり、用いる具もまちまちであるが、でんぷんでトロミを付けるのが全国共通である。でんぷんも葛粉の他に、小麦粉、そば粉、カタクリ粉と、これ又まちまちである。
 汁が餅のようにねばり「ぬっぺ」が訛り、のっぺい汁と呼ばれるようになったと物の本に書かれる。
 この料理は全国の各地で作られるが、島根米の津和野地方の「濃餅汁」が有名。この地方は良質の里芋が産出される。大根、人参、牛蒡、椎茸、豆腐などの材料を食べよく切り、大鍋に入れて水を注ぐ。昔はイノシシやヤマドリなどの肉を用いたそうだ。今は豚肉や鶏肉が使われる。味付けは醤油が主で、砂糖を少量加えて「あんかけ」にするのが特徴である。
 私もいろいろ食べてみたが、美味しい里芋が不可欠で、旨い里芋が入るか、入らないかで味が大きく異なる。椎茸も生より、干椎茸を一晩水に浸して、もどし汁を適宜加えると、だし汁を用いなくとも、肉や野菜の旨味で、良い味となる。又、酒やみりんを各適宜加えると味がマイルドになる。宴会はもとより、祝儀や正月の晴れの料理にも用いられる。
 いつ頃だったか、都内の料理店で、会席料理の煮物替りとして出されたのっぺいが美味しかった思いがある。プロが作れば高級な商品となるので、材料は形良く同じ大きさに切り、軽く下茹でをして水にさらして充分に水気を切る。鍋に入れてだし汁を注ぎ、酒、みりんなどを適宜加えて、淡口醤油と塩少々で調味する。葛粉をだし汁で溶き、仕上りに加えてトロミをつける。
 豆腐を加える場合は、木綿豆腐の水気を切る。惣菜なら崩れてもさしつかえないが、商品は形良くきれいに仕上げたいので、布巾に包んで重石をのせて程良く水分を抜き、小角に切って、味の仕上る少し前に加える。最後に絹さやか三つ葉などを散らすと彩りも良く見た目にも美しい。
 平蔵ではないが、熱いのっぺい汁の作りたてを口に入れる。のどがやけどしそうなので注意して食べる味はまことに「うまいな!」である。
 野菜だけの精進でも旨いが、若い人向きには、鶏肉など、何か肉類が入ったほうが喜ばれる。
 たっぷり作ってうどんを入れるとこれ一品で主食代りにもなる。