味つづり〈74〉 倉橋 柏山
水の如し味無き味
昨年の秋、小宴の会合に出席した。フランス料理のコースで、スープはじゅんさいの入ったコンソメであった。フランス料理は季節に関係ないのか、秋なのになぜかびん詰めのじゅんさいが用いられた。十一月初旬で、生のじゅんさいはないので、びん詰めを用いてまで、なぜじゅんさいを使わなければならないのか不思議に思った。
じゅんさいは日本料理では夏の素材である。新じゅんさいと言って、夏のはじめに出る生のものを珍重する。
「箸逃げるぬめり楽しき蓴汁」加藤岳雄
蓴(ぬなわ)は、じゅんさいの古名である。万葉の時代より食用とされ、漢字で「蓴菜(じゅんさい)」と書く。別名「水アオイ、ナメリグサ、ヒルメシハナ」などと呼ばれ、夏のはしりの涼味として用いられるのが新じゅんさいである。
じゅんさいは、スイレン科の多年生水草で、北海道から本州一帯の古い池や沼に自生している。五月頃に出る若芽を摘むのが新じゅんさいで、一番芽といって珍重する。摘むと次から新しい芽が伸びて、二番芽、三番芽と九月頃まで採取することが出来る。加熱殺菌してびん詰めにしたものは周年入手出来るが、味は生のものに遠く及ばない。
新じゅんさいは、水の如し味無き味といわれ、寒天状の粘質物に包まれた若芽を食用とする。つるりとした冷えたのどごしと、味というより舌にふれる感触を楽しむさわやかな涼味に風情がある。
ざるにあげて上から熱湯をかけて冷やし、山葵醤油で食べるのが、最も簡単で、しかも新じゅんさいの真価を味わうことが出来る。無味無臭、味も香りもなく、まことに頼りない水のような味わいがじゅんさいの味である。冷たくして二杯酢、三杯酢、生姜酢などが新じゅんさいにふさわしい味わい方である。
じゅんさいは、日本をはじめ、中国、朝鮮、北アメリカ、オーストラリア、西アフリカなど、広く世界の湿地帯に分布するそうだが、食用とするのは日本と中国位だと聞く。
一寸変わった趣向の吸物をいただいた。新じゅんさいを大根おろしで包み、カタクリ粉をまぶして溶き卵白をくぐらせて加熱する。黒いお椀に入れ、彩りに結び海老を添えて、熱い清し汁をたっぷり注ぎ入れる。箸を入れると白い大根おろしの団子がふわりとくずれ、じゅんさいが椀に広がり、新涼緑の味わいである。
句に詠まれるように、寒天質に包まれた新じゅんさいは、箸ではさめず逃げまわる。淡泊で味無き風味が生じゅんさいの身上である。
薬効もあるそうで、胃腸や肝臓障害、強壮などに効果がある。と、物の本に記される。
美味しい一番だし汁に八丁味噌を溶き入れ、さらに削りかつお節を加えて火にかけて濾す。つまり追がつおである。旨いだし汁をさらに濃厚な旨さにする。だし汁が淡いと味噌の味に負けてしまう。味噌に負けない濃厚なだし汁にして火にかけ、火取った白玉をお椀に入れ、熱い八丁仕立の味噌汁を注ぎ、溶き芥子をポトリと少量落とす。
八丁味噌の渋味と辛味が、濃厚なだし汁とかみあって盛夏の美味なる味噌汁を楽しむことが出来る。書くまでもなく、新じゅんさいをあしらってこその味である。
すりおろした大和芋に、溶き卵白を加えてよくすり、ガラス鉢に入れ、冷えたじゅんさいをのせて美味酢をかけておろし山葵を添える。
玉子豆腐地にじゅんさいを加えて蒸しあげ、冷めたら切り分けて冷やし鉢や椀種に用いる。
ぼたん鱧にじゅんさいの椀盛は夏の絶品である。
じゅんさいは一番芽の早どりの小さいもので、寒天質の粘液がしっかり付着した生の新鮮な物が最上で、出来るだけ手をかけずに用いるのが望ましく、最上の味わい方である。