味つづり〈65〉 倉橋 柏山
滋養によい丸鍋京都、北野天満宮の近くにすっぽん一筋三百年という、すっぽんの老舗料理屋がある。私も味わっているが、ここの丸鍋は絶品である。
私も料理人のはしくれ、すっぽんも扱い、好きであちこち食べてもいるが、京都の店の味には遠く及ばない。
甲羅の形が丸いからか、関西ではすっぽんをマル(円、丸)と呼び、同じような意味か?江戸ではフタ(蓋)という。
古くは野生のすっぽんが各地の河川、沼などに生息していたが、今日では浜名湖畔の舞阪の養殖が有名である。すっぽんの産卵期は5月〜8月。20〜30個ほどの卵を産む。小さいながら卵も旨い。食して最も旨い時期は11月〜3月頃とされる。
野生のすっぽんには特有の生臭みがあるので、酒、生姜、味噌を用いて調味した。私も味噌味の鍋を食べた。さばきながら生血を飲ませ、刺身やから揚げが出た。味噌仕立ての鍋にはささがき牛蒡、長葱、春菊、焼豆腐が入り、演出か、すっぽんの証か甲羅が入っていた。
活のすっぽんをさばき、熱湯にくぐらせると、皮をきれいにむくことが出来る。水に2〜3割の酒を加えて煮出す。専門店は浅い厚みのある赤楽鍋を用いる。具は何も入らない。調味は醤油と露生姜位である。
ぐつぐつ煮立っているところをお椀にすくって味わう。すっぽん鍋はシンプルなほど味が深い。身も旨いが、スープが絶品の味である。
ガス火などでは火力が充分に上がらないようで、専門店ではコークスでいっきに火力を上げるようだ。
京都の店ですっぽん酒をすすめられた。燗酒にすっぽんのスープを注ぐだけであるが、これがまた、実に旨い。昼日中四杯もお代わりした。
大分古い話になるが、現在の羽田空港の前身にかかわった方が、横須賀の野比というところの海の見える高見に移り住んだ。ライオンズクラブの関係で知り合い、一寸体調が悪いのですっぽん鍋を届けてくれと電話があった。すっぽんは滋養、強壮に大変効果があり、病気見舞いに使われることが多いと、ものの本に見られるが、生きているすっぽんは、噛まれると雷が鳴っても離れないと言われるほど恐ろしい。素人の方では一寸料理しにくいのではないだろうか。
どなたにも喜ばれるすっぽんの逸品は雑炊である。すっぽんは2時間近く煮出すと、身はあまり旨くないが濃厚なスープになる。実に濃密で旨いスープになるが、身の方は旨味が出つくしてやわらかいだけである。このスープにご飯を入れ、ご飯粒がふっくらしたら溶き卵を流し入れる。これに勝る旨さはないと言っても過言ではない雑炊となる。調味は淡口醤油と塩少々、三つ葉も刻みあさつきもいらない。露生姜少々のみでいい。熱つ熱つをいただく。専門店では丸鍋を味わったあとの残りのスープで雑炊にするから、雑炊というよりおじやで、これもまた旨い。生きているすっぽんを見ても旨そうには見えないが、酒を加えて水から煮出すと絶品の味となる。調味は醤油と塩少々である。
寄せ鍋かと思うほど具沢山のすっぽん鍋を味わったことがある。すっぽんから旨いだし汁が出るので、まずくはないが、何か物足りなさが残る。食べ方、食べさせ方、味には絶対的なものはない。その店はそれが売りで長年営業している。客はその味にひかれてくる。それが好みというものであろう。
煮こごりも旨い。600〜800gのすっぽんに対し、3リットル近い水を注ぎ、酒を2〜3割加えて煮出し、淡口醤油で調味し、アクをていねいにすくってこす。骨を抜き、小さくした身と、針生姜と白髪葱を流し缶にきめ、もどしゼラチンを加えたスープを注ぎ、冷やし固める。
骨を取り除いた身を、柳川風に溶き卵でしめる食べ方もある。すっぽんだけの椀盛りも旨い。針生姜が味の決め手。