平成21年度 北海道・東北ブロック役職員等講習会より
  日本人客室乗務員初の飛行2万時間超を達成し、
天皇皇后のプリンスフライトも担当した経験より
  一般飲食店における危機管理対応について
nagashima 講師:永島玉枝さん
講師プロフィール(永島 玉枝さん)
 1938年東京生まれ。58年スチュワーデス第13期生として、(株)日本航空に入社。チーフパーサー、客室マネージャー、客室乗務員訓練部次長兼参事などの要職を経て、平成10年度に退社。女性客室乗務員として初の運輸大臣航空功労賞受賞など、働く女性の地位向上に貢献。主な著書に「スチュワーデス 私の2万5020時間」、「聡明な女性は媚びず、甘えず、諦めず」等がある。

 

■ワクワクする褒め言葉
 私はスチュワーデスとして40年間、機内の第一線で仕事をしてきました。そして平成10年で退職する時も一客室乗務員として定年の辞令をいただいた初めてのケースだそうです。
 かつて、女性は結婚して幸せになったら制服は着られないという規則があり、女性は胸を痛めた時代がありました。
 それでも私は、お客様に「今日はみんなさわやかな笑顔で接してくれるから、この飛行機にしてよかった。今度もあなたのフライトに搭乗したい」というお褒めの言葉を時々いただき、大変勇気をいただきました。そういう小さな褒め言葉が、どれだけ仕事をする女性の気持ちを奮い立たせてくれるか、勇気を持たせてくれるかしれません。制服を着ているからこそ、見も知らないお客様から声をかけていただき、人の役に立っているといううれしい気持ちにさせていただきました。

■指名をいただいたフライト
 山形県の団体の方たちが毎年10人〜15人で、北アメリカ、オーストラリアやヨーロッパのフライトをご利用されましたが、その度に何故か私が指名されました。異例のことです。あるとき部長に呼ばれ、この間の団体の方からヨーロッパに行くのだが、そのときまた永島に乗務するようにという強い要請を書いた和紙が会社に届いたことを聞きました。当時はアンカレッジ経由でヨーロッパに行く時代。クルーは、東京からアンカレッジまで行ったら、次のクルーに交代するのが通常でしたが、特別に飛行機の中で休んでもよいから、皆さんと同行するよう言われました。そして2回、3回とその団体の方たちと一緒に旅行をしました。

■スポットカンバセーションでお客様の記憶に残る
 当時、飛行機の中には、羊かんや煎餅など日本のお菓子がありました。読み物も日本のものが取り揃えられていました。私は、こういったものをお出しして、精一杯お客様の関心を引くようにふるまったのを覚えています。お客様は、思い思いに過ごしていらっしゃいますが、お客様の近くを通りかかった時は、「楽しくご旅行なさっていますか」「熱いお茶はいかがですか?」など、ちょっとした短いスポットカンバセーションを一人一人のお客様にタイミングよく行いました。それがお客様の印象に残ったと言われました。スポットカンバセーションの大切さを強く認識した出来事でした。

■挨拶の“あい”は、アイコンタクトの “アイ”
 近年、サービスの要点やサービスマナーということがよく話題に上りますが、一番大事なのは、まず目と目を合わせてアイコンタクトをするということです。人と人とのコミュニケーションを円滑に進めるには、相手の気持ちが一番現れる目を見て挨拶をすることが大事です。挨拶の“あい”はアイコンタクトのアイ≠ニ覚えてください。
 アイコンタクトをして、いつでも先にこちらから挨拶して、できたら相手のお名前も続けて呼べるように努力しましょう。人は自分の名前を呼ばれると、すごくうれしいと感じるものです。全然お金もかかりませんし、自分の努力でできます。お客様が一番好まれる笑顔、表情。態度。笑顔は女性にとっては、一銭もかからない一番のサービスです。

■情報の共有なくして安全や危機管理なし
 「あのお客様は一週間もヨーロッパを旅行するのに何も荷物を持っていないのはおかしい」といった、いろいろな情報がチーフパーサーに入り、それをスタッフで共有します。情報交換、情報の共有なくして、新人のスチュワーデスに理想的な行動を促すことができでしょうか。上に立つ人は大切と思ったことを、自分と一緒に働く部下に毎日毎日伝えなければなりません。一週間に一度大切なことを伝えたからいいというのではなく、大事なこと、守らなければいけないこと、お客様に危害が加わること、飛行機の安全に問題がありそうなこと等は、毎回毎回出発する前にチェックし、帰ってからは反省をきっちりします。

■自らを戒めて行う自己管理と危機管理
 話は飛びますが、鎌 倉の山に重要文化財に指定されているような建物や庭園のある「●亭」という食事処があり、食中毒を出して3日間の営業停止となりました。そこのマダムが意気消沈しているから、皆で会食をしようということで訪ねました。その時彼女は、「食中毒などの苦情がお客様から来たら、必ずその日のうちに、お店の最高責任者がお宅に伺って謝らなければいけない。忙しいからと翌日に回しては許してもらえない」と言いました。彼女は、その時の調理師さんや仲居さんなど全員を辞めさせ、スタッフを入れ替えてしまいました。
 悪い評判は口コミで広がります。いい印象を受けた場合は、3人から8人に伝わり、悪い情報は10人から16人に口コミで伝えられるといいます。宣伝効果が一番あるのは口コミで、「●亭」の女将がしたとおり調理師や仲居さん全部を取り換えてしまうほどの覚悟が必要なくらい、安全管理・危機管理は大きな問題です。
 私は、メキシコに旅行をした時、カットフルーツやサラダは食べてはいけないと言われましたから、食べませんでした。しかし日本に帰って一日半たってから、猛烈な腹痛と吐き気に襲われました。生水で野菜を洗ったときに菌が付着したのでしょう。40年間、一カ月のうち20日間仕事をしていましたが、具合が悪くて飛行機に乗れないという電話を入れたことはありません。私の仕事に対するプロ意識が疑われるということで、自己管理をしっかりとしました。外国に行って生ものはほとんど口にせず、飲み物は温かいものを飲みました。自分の健康は自分で守るという姿勢が大切で、それを貫きました。
 飛行機の中には航空日誌というものがあり、些細なことでも記入していきます。最後にキャプテンが確認してサインをします。具合の悪いところを全部直して、安全性や快適性を維持します。現場で働く人しか知らない不具合です。どんなに頭のいい社長が号令をかけても、一緒に働いている従業員にしっかり役割を果たしてもらわないことには、一つの組織が20年30年何事もなく過ごすことは難しいです。記帳することは業務の一環としてきちっとやらなければいけない。そういう教育がなされないと、ほころびになってしまいます。

■15秒間の真実の瞬間
 サービスには、物的サービスと人的サービスの2つがあります。人的サービスは、挨拶に始まり挨拶に終わる。アイコンタクトをはじめ、その人の身だしなみやしゃべり方、表情、態度などが全部人的サービスに入ります。
 「真実の瞬間」というものがあります。これは全く知らない他人同士が、初めて会ったときに、彼が言うことなら納得できる、この人にだったら自分が抱えている問題を伝えたら解決してくれる能力があるのではないかといった心情がわきあがってきて、お互いが認め合う瞬間があると言われています。その瞬間は、たった15秒。15秒でもって現場で働く一人の従業員が、お客様と言葉を交わし、食事をより楽しくさせる。15秒はお互いを見抜く瞬間。その瞬間がたくさん重なれば、お客様は、また食事に来ます。いい瞬間をたくさん重ねることによって仕事も面白くなります。

■人的サービスは最高の価値
 設備はほかの店と比べて特別にいいわけではないけれど、自分は満たされた。お客様が満たされたと感じられることが、人的サービスの一番大きな側面です。お客様の心を満たすのは、物的サービスではありません。どんなにトイレがきれいでも、どんなに早く食事が出てきてよかったわと思ってみても、それはスタンダードのレベルで、お客様の心に強く残るきっかけにはなりません。一般の経営者の方、調理師の方、責任者の皆様は、物的サービスのほうに力を注ぎ、設備を改善し、働きやすいようにしてお客様が一人でも多く店に来てくれるようにと日ごろ努力をしていると思いますが、それはお客様から見ると、スタンダードで当たり前。そこのところを経営者の方にもよくわかっていただきたいですね。
 物的サービスの中にはコスト、質、量、タイミングなど全部含まれていますが、お客様の心を動かし、リピーターになろうと促すのは人的サービスの側面です。すごくさわやかな笑顔をしてくれるスチュワーデス、ウェイトレス、今日あまり人と話せなかったけれど、あそこに行ったら会話ができると、そういう人的側面に力を入れているのが、航空会社のサービスだと思います。男性もいますが、女性の従業員が多い。そういう人たちに各フライトが終わった後、実際の例をあげながら動機づけを行っています。航空会社の居住性や物的側面の設備は、欧米で作った航空機ですから、どこの航空会社と比べてもそれほど差がありません。ですから、何で競争するかといったら、スチュワーデスがお客様の心を理解して、乗っていらしたときに、最高の笑顔でお迎えする。機内で「コーヒーはいかがですか?」「紅茶もあります」と声をかけます。人的サービスの大切さを経営者の皆様に知ってほしいです。

■良質な人的サービスを提供できる才覚を育てる
 スチュワーデスをしていたときに、ホテルオークラ・アムステルダムに泊まらせていただきましたが、高級ホテルにクルーを泊まらせるのは、私たちが泊まっていると日本からのお客様が安心して利用できるからで、私たちは一つの宣伝用のツールになっていました。チーフパーサーになれるというときだったので、私は部屋で一人缶づめになって勉強をしていました。するとドアをノックする人がいて、ドアを開けると恰幅のいいシェフ帽をかぶった男性がにこにこして、お茶とケーキ、フルーツの乗った丸テーブルを置いて立っていました。「頼んでいない」と言うと、「あなたのところに持ってきたので間違いない」と言います。フロントに連絡したら、「昨日あなたたちは、アムステルダムでいちばん高級なレストランに行ったでしょう。あそこのレストランは高級なので大人数で行けるところではありません。ましてや若い人が行って、ディナーをとる所ではないのよ。それなのにどうして?と同じクルーの一人に聞くと、永島さんがチーフパーサーになるので、お祝いのために行ったと聞きました。私たちもそんなあなたにエールを送りたいので、フルーツバスケットやお茶を用意しました」と言ってくださったのです。これこそ人的サービスの最たるものだと思います。有り難くうれしいことでした。
 自分のちょっとしたアンテナや才覚を使うことによって、ファンができ、またリピーターになってくれると思います。ビジネスは面白いです。私は、そんなことが忘れられなくて、現場第一でやってきました。ひとつの事業は30年間といいますが、今日の繁栄なくして明日の繁栄はない。今日が一番と考えて、今日を大事にして生きています。
 皆さんにも、健康管理に気をつけて人的サービスの育成に時間を割いていただきたいと思います。皆さんの前でお話をするよい機会を与えていただきまして、ありがとうございました。

(紙面の都合により、講演会要旨を掲載しました)