味つづり〈54〉 倉橋 柏山

     新 緑 の 頃 に 旨 い 磯 魚

 過日、2月に一度懐石料理の勉強会をしている茶道の先生方と会食する機会があった。その折、喰切り料理の中に、霜ふりにした刺身、骨切りにして空揚げの旨出汁かけの2品のあいなめ料理が出た。あいなめを沢山食べて味の解る方は別だが、店頭で姿を見ただけでは、この魚あまり旨そうには見えない。あいなめは、アイナメ科の海産魚で(鮎魚女、愛魚女、鮎並、相嘗)の字をあてている。日本各地の沿岸、特に海草の多い岩礁に生息する磯魚で、ウロコが小さく、体表に細かい複雑な斑紋があって、生息する海域によって黄色、赤褐色、暗緑色と体色も大きく異なる。体表全体に油を流したように見えることから「あぶらめ、あぶらこ」と呼ばれ、各地にはかなり異なった呼び名もあるようだ。この魚、「もみだねうしない」という変り呼び名もある。籾だねは稲を作る農家にとって大切な種籾である。そのもみを買う金まではたいて買うほど旨いのがあいなめであるそうだ。市場には周年出回り、味もあまり変わらないが、旬は春から夏である。鮮度の落ちが早いためか、普通の鮮魚にくらべ、活魚は高級魚扱いで値も高い。少々身が柔らかいものの鮮度の良い物は刺身も旨い。が、最も旨い食べ方は焼物であろう。幽庵焼きといって、濃口醤油2の割合に、みりん、酒各1の割で合わせた幽庵地に30分ほど浸し、漬け汁を2〜3度かけながら焼き上げたもので、濃いたれと異なり、あっさりした漬け汁なので、素材の持ち味が充分に生かされる。魚は上手に生かせば捨てるところがない。が、ウロコは引き、3枚におろして腹骨をすきとって小骨も抜く。骨切り手法といって2〜3ミリ間隔に皮近くまで庖丁で細かく切り込み、適宜の切り身にして幽庵地に浸して焼きあげる。下から上に向って炎の上る小さなガスコンロで魚を上手に焼くのはなかなか難しいが、上火式の焼魚専用の器具を用いるのが良いだろう。器に盛り付け、木の芽を手の平の上でパーンと打ちつけると木の芽の香りも立ち、彩りのアクセントにもなる。生姜の甘酢漬け、きゃらぶきでも添えると、おもてなし料理としても申し分ない。
 骨切り状の身に葛粉をまぶし、昆布だしの中で火を通し、ふきとわかめをあしらった、あいなめの葛打ちの椀盛りは絶品の味である。あいなめは皮が旨い。皮目に熱湯をかけたり、火で炙って冷水で冷やし。水気をふきとって刺身にする。熱湯をかける場合、まな板を斜めに置き、あいなめの皮目に清潔な布巾をかけ、やかんに沸騰湯を入れて上から皮だけにかけ、すぐ冷水に入れる。冷水に長く入れておかず、すぐ引き上げて水気を良くふきとる。山葵醤油が一般的な食べ方であるが、煎り酒という、江戸時代からある調味液で食べても旨い。酒5カップに、上等の大きい梅干8個ほどさっと洗って加え、沸騰したら火を弱めて3割ほど煮つめ、梅干を取り出し、削りかつお節をひとつまみ入れ、ひと煮立ちで火を止め、2分ほどたったら布漉しにして、約1割の薄口醤油を加える。鯛や鮃の昆布じめ、白身魚の薄作りに大変相性のいい日本古来の調味料である。もみだねうしないではないが、この魚料理万能で、煮ても旨けりゃ油で揚げても旨い。骨が固いので一尾丸ごと食べる場合は小骨に注意することである。
 酒蒸しという品位の高い料理もある。3カップの水に昆布5センチ角1枚、さっと水洗いした干椎茸1枚を入れて2時間ほどおく。昆布を引き出し、酒を一割ほどいれ、軽く塩味をつけ、30分ほど軽く塩を振っておいたあいなめの切り身を加え、蒸気の上がった蒸し器で15分ほど蒸し、小角豆腐と青みを添えて熱くして、香りづけに薄口醤油を1〜2滴落し、熱つあつを汁と共に味わう。この場合も香りのいい木の芽が2〜3枚ほしいものである。