味つづり〈41〉倉橋 柏山

「病む夫の喜ぶ小芋煮しめかな」山田 裕理子

祝い事に里芋は不可欠なもの

 芋、小芋といえば里芋をさす言葉である。家芋、畑芋などと山の芋に対する言葉で、原産地はインドシナといわれる。サトイモ科の一年草。短い地下茎の肥大した塊茎が里芋で、稲作以前は里芋が主食であったといわれる。
 正月の京雑煮には、箸で挟むことが出来ないほどの大きい芋が、白味噌仕立ての汁の中に、でーんとふんぞり返っている。頭芋といって人の頭になるという意とか。重詰めにも芋の煮しめは欠かせない。又、祭り神事と儀礼作物としても欠かせないのも里芋である。
 冒頭の句に詠まれるごとく、煮しめのほか、粥などに入れて病人食としても用いられた。
 山形地方を中心に、肉と野菜を醤油味で煮込んで大鍋で楽しむ芋煮会は観光の目玉として年々盛大である。反面、家庭における消費は伸び悩みがあるようだ。子どもが食べたがらないから母親が作らないのか、芋を洗って皮をむき、茹でて水にさらし、調味汁で煮含めるのがはなはだ面倒だから作らない。いずれにしろ、芋の煮っころばしは日本の家庭から少しずつ遠ざかりつつあるようだ。
 里芋は九州に初めて伝わったのか、栽培は九州から全国に広まったといわれる。
 福岡県の郷土料理に「筑前煮」がある。鶏肉のぶつ切り骨付き肉を野菜と一緒に油で炒め、醤油味で汁気がなくなるまで煎りつけるように煮含めることから、「煎り鶏」とも呼ばれる。この料理にも里芋は欠かせない。古くは「がめ煮」といった。文禄元年(1592年)、朝鮮出兵の豊臣秀吉が博多に幕営した折り、付近の入り江に生息するスッポンを捕まえ、野菜と一緒に煮て食べて精をつけたのが始まりとも言われている。「がめ」は亀のことで、この地方でスッポンを「がめ」と言った。
 鶏の骨付きモモ肉をぶつ切りにする。人参、牛蒡、蓮根、里芋、竹の子、椎茸、蒟蒻は、それぞれ食べ良い乱切りにして胡麻油で炒める。だし汁を注ぎ、醤油、みりん、酒、それに砂糖を適量加え、汁気がなくなるまで煎りつけるように煮含める。大鉢に盛り付け、絹さやを青みに散らし、細く切った黄色の針柚子をたっぷり天盛りにする。一つの鍋で作ることが出来て、しかも旨い。それに日持ちがするので正月のおせち料理としても重宝がられる。
 人参の赤、椎茸の黒い色、蓮根の白、里芋のむっちりとねっとりとした柔らかい味、牛蒡や竹の子などの歯ざわり。素材の持ち味はそれぞれ異なって主張しながらも渾然一体の味をかもし出してくれる料理である。
 取り合わせる材料が多く、下処理に多少手間取るものの、料理としては手軽に作れるのではないかと思う。食べてもことのほか旨い。正月の祝い料理として、又、祭り、入学や卒業、昇進など、家族の祝い事などの人寄せにうってつけの料理と思うが、いかがだろう。たっぷり作って大きい鉢かお重に盛り付けると豪華で彩りも美しい。何よりも食べて旨いのが嬉しい。
 里芋は雑煮にも欠かせなかった。室町時代の上流階級は、「下に里芋を入れ、その上に餅、そして串あわび、大根、青菜を上置きにする」。また庶民は、「下に大根の輪切りを敷き、餅、上に里芋と青菜を添える」と、古書にあり、雑煮に里芋は不可欠のものであった。
 里芋の民間療法もある。すりおろした里芋に、同量の小麦粉と少量のおろし生姜を練り混ぜたものを布にたっぷりと塗り、肩こり、ねんざ、打撲などの患部に貼るという里芋湿布薬もあった。応急処置には効果があったようだ。
里芋は食物繊維も多く、便秘症の人には常食をすすめる。
 練り味噌を塗りつけてこんがり焼いた田楽はことのほか旨い。冬の寒い日には里芋をたっぷり加えたけんちん汁は体も温まり、栄養価も高く薬膳効果もある。