味つづり〈33〉 倉橋 柏山
「競り合って繁茂する野草」
「あかねさす 昼は田賜(たな)びてぬばたまの
夜の暇(いとま)につめる芹これ」万葉集 葛城王葛城王が班田使となって山城国に行った時、薜妙観という女性にセリと共に贈った歌といわれ、歌意は、昼の間は田を分かち与える仕事に従い、夜の間に摘んだセリです、召し上がってください、というものである。
芹は、日本原産の野草として遠い万葉の時代から親しまれてきた。今日では、野草が野菜に昇格して、市場に出廻るものは栽培された、れっきとした野菜である。
「母と摘み小鉢の芹の胡麻よごし」石原栄子。句に詠まれた芹は野生のものを母娘で摘んできたものである。
栽培の歴史は日本と中国が古く、東南アジアからオセアニア大陸と広い地域に分布し、水気の多い湿地や川のほとりなどに自生する多年草で、水温が15度前後のところでよく育つようである。芹は至るところで自生するが、都会地では汚染が心配で食べる気にはならない。安心して食べる芹を摘むには郊外の清いところに出て採集することである。
野生のものは香りも強いがアクも強い。茹でてすぐに水に放ち、充分にさらすことである。また、やわらかに茹ですぎも禁物である。黒胡麻をほうろくで煎り、すり鉢でよくすり、砂糖と醤油で味をととのえ、ざっくり刻んで水気をしぼって和えると胡麻よごしの出来上がりである。だし汁で割った醤油をかけるとおひたしで、芹ならではの春の味である。
芹には薬効があり、利尿、去痰、小児解熱、食欲増進に効くと薬用事典にある。茎葉を陰干しにして布袋に入れる浴場の芹風呂は神経痛とリュウマチに特効がある。耳鳴りには芹の生汁を耳にぬると効くそうである。芹はビタミンA、B1、B2、C、ミネラルも多く含んでいる。
芭蕉は「我がために鶴はみのこす芹の飯」の句を残している。芭蕉の芹飯はどんなものか知らないが、茹でて刻んだ芹を鍋に入れ、塩と酒を振りかけてさっと煎りつけ、熱いご飯に混ぜる手軽な芹飯がある。鴨葱の言葉があり、鴨には葱は不可欠であるが、芹も相性で欠かせない。真鴨は寒い時期が旬、鴨鍋は美味至福であるが、真鴨はたやすく入手できないので、合鴨を用いてはいかがだろう。スープかだし汁を鍋に入れ、酒と淡口醤油で調味して火にかけ、長葱、芹、舞茸など、好みの具と共に、合鴨のへぎ切りを入れ、ひと煮立ちの頃合いを汁と共にいただく。煮すぎは禁物である。また、合鴨に小麦粉をまぶし、すき焼き風のたれでさっと焼き、溶き卵をつける旨い食べ方もある。
静岡県には芹そばという郷土料理がある。かけそばに茹でた芹をのせたもので、田舎そばに芹の香りがマッチして、素朴ながら早春の味わいである。秋田県の知人から毎年秋になるときりたんぽが送られてくる。きりたんぽ鍋に必要な具に芹があり、秋田ではきりたんぽ鍋には欠かせないと聞き、京都ではすき焼きに不可欠であるとも聞く。
また、芹に強精作用があると信じられた時代もあり、室町時代の「堀河之水」に「根芹見てつむ手を恥づる女かな」「物洗ふ女の恥づる根芹かな」と詠まれている。芹は、万葉集に二首詠まれ、「古事記」や「日本書紀」にもその名がみられ、春の七草の筆頭にあげられる。古くから粥や雑煮などの羹の具として欠かせない冬の貴重な青物であった。正月の七草粥で芹を食べると一年間邪気をはらって無病息災で暮らせるという風習は今日なお続いている。
名の由来「せり」は、寒期に負けず一株の茎が繁ってせり(競り)合って沢山茂るからといわれる。10月頃から5月頃まで湿地ならどこでも自生し、特に寒さに強い。そして寒期ほど香りが良く、食べると「せりせり」と音がするからせりと名付けられたという、おもしろい説もある。