理事長訪問 第4回 愛媛
愛媛県料飲業生活衛生同業組合 木曽 秀雄理事長に聞く

「王道」貫き、
食の感動と楽しみを地域住民に

―まず愛媛県の組合が設立と現況をお話下さい。
木曽理事長(以下、木曽)●昭和44年、県内同業者の3分の2以上という要件を満たす1,960人名の設立同意者を得て創立しました。県の認可を受けると同時に、全飲連に加入しました。現在、下部組織として、県内に30支部があります。
 組合員数は昭和60年代のピーク時、県内同業者約5千軒の7割を占める3,500人を超えましたが、バブル崩壊後は減少の一途を辿っており、現在は約2,600名となっています。減少の主因は、バブル崩壊に伴う不況の長期化や経営者の老齢化、後継者難等による転廃業ですが、その一方で、加入メリットが見出せないからと、組合を脱退される方がいることも否定出来ません。
―厳しい経営環境の中で、大手の外食チェーンの価格の低下が進み、地域の飲食店もますます厳しくなってきていますが。
木曽●我々の考える料理や飲食店は、大手の外食チェーンとは別の存在だと思います。大手の外食チェーンは国際的な流通システムと高度な技術を組み合わせることで、手造りではとても不可能な低価格を実現しているわけです。そのほとんどがセントラルキッチンを持ち、半製品化したものを全国の店舗に配送するというシステムを構築することで、価格を下げています。それではスーパー等で売っている半製品と全く同じです。
 我々個店が、生の素材から自店で料理し、手間暇かけてお出しするのと比べるのは、最初から無理があります。確かに、家族連れが、安く・軽便に昼食を摂るのに、みんなでハンバーガーを食べるというシチュエーションはあるでしょうし、それ自体を否定するつもりはありませんが、我々の考える料理や飲食店とは別世界です。
―根本的に何がどう違うのでしょうか。
木曽●私は基本的に、「料理」とは感動して食べるものだと考えていますし、そこには「食文化」というか、人間の味覚や感情と料理が調和して生み出す豊かさ、充足感がなければならないというのが持論です。
 私は、組合員の皆さんにいつも、「我々飲食業者は『町の花』だ。人間は個人であれ、家族、団体であれ、嬉しい時、喜びを分かち合いたい時に飲食店に行き、お酒を酌み交わしながら舌鼓を打つ。そこに我々の存在理由、存在価値がある。あくまでも地域住民の人気を糧に商売をしているのだから、その期待にお応えし、かわいがってもらわなければならない」と申し上げています。
―まさにそこが生き残りのポイントですね。
木曽●低価格が時代の流れである以上、我々もそれを無視するわけにはいきません。しかし、「より安く」に最大限の努力を払いつつも、大量生産、大量消費とは一線を画するような素材と味、サービスにこだわり、「この店に来て良かった。また来よう」と思ってもらえることが、『町の花』としての飲食店の姿、食の「王道」であり、生き残りの条件でもあると考えています。
―ここで木曽理事長の料理に対する考え方をお聞きしたいのですが。
木曽●味覚というのは非常に微妙で奥深く、そんなに簡単にいい味が出せるものではありません。
 料理の世界というのは、まさに「粋の世界」であり、限りなく繊細という意味で「ピアニシモの世界」です。テレビなどで活躍する料理人の店が紹介されると、手帳に書き留め、東京出張などの際、必ず食べに行きますが、その多くはあまりに料理が自己主張し過ぎています。
 自己主張が強いというのは、「粋の世界」、「ピアニシモの世界」とは異なり、悪く言えば「二流」です。逆に、食べた時には、強烈な印象がなくとも、一日経って、「あの店の料理はあとに引くな」とお客様に思われるところまでいけば「本物」でしょうし、私自身もこの業界に携わる一人として、そこまでいけば本望です。
―まさにこだわりが大切なんですね。
木曽●私は全く料理をしません。すべてコックに任せていますが、味だけは全部私がチェックします。新しい商品を店に出す時にも、必ず私の口を通し、合格点が出なければ商品にはしません。コックの中には、私が味に細かく注文を付けると、嫌な顔をすることもありましたが、創業以来、このスタイルは今も続いています。
 調理というのは、いわば技術ですから、時間をかければ大抵の人が覚えますが、味覚は天性のもので、訓練して覚えられるものではありません。この味覚の差は、音楽や絵画、文章の世界と同じで、まさに「ピアニシモの世界」、美味とまずさは本当に紙一重です。
―松山は新鮮な食材に恵まれた土地ですから、お客さんの舌も肥えていると思いますが。
木曽●その通りで、松山の方は味がよく分かるだけに、料理に対する評価が厳しく、「おいしくない」と分かれば、その店から離れていくのではないでしょうか。瀬戸内海の小魚はもちろん、極めて美味しい山の幸をしっかり食べている市民ですから、味にはうるさいと思いますよ。だから、松山で通用する味というのは、多分、どこに行っても通用するでしょうね。特に魚料理に関しては、愛媛の料理店のレベルは全国的にもかなり高いと思います。
―さて木曽理事長は全飲連の事業委員長をお務めですが、現在取り組まれていらっしゃる課題は。
木曽●これだけ業界を取り巻く経営環境が厳しい折りですから、特に力を入れているのが、組合員に対する経営指導の強化です。
 そこで今回、スタートさせようと考えているのが、民間の経営コンサルタント会社による個店に対する経営指導です。組合員にすれば、無料で経営診断を受け、その経営状況や課題を客観的な尺度で把握出来るというメリットがありますし、経営コンサルタント会社にとっても、営業の糸口が生まれるわけですから、決して悪い話ではありません。双方が合意出来たので、全飲連として、一店でも多くの組合加入事業者に経営診断のチャンスを活かしてもらおうと考えています。
 それと、新しい飲食業のスタンダードづくりにも取り組んでいます。「標準営業約款」を時代のニーズに対応したものにしていく作業を進めています。
 ―今日はどうもありがとうございました。

取材を終えて 
 木曽理事長は全飲連きっての文化人。この時代に求められている知性と経営センスを持ち合わせた木曽理事長は、飲食業界のオピニオンリーダーと言える。
 青年期に結核を患い、「5年しか生きられない」と医者に宣告され、残された人生を自由に生きようと考え、映画監督になるため日本大学芸術学科に入学。そして新劇に惹かれ役者を目指すが劇作家に方向転換し、次代を担う新人劇作家の星として評される。さらに小説家への道に進む。中世に活躍した水軍の物語を書くために瀬戸内海の松山へ。日々の生活の糧を得ながら小説を書こうと始めたのが「かつれつ亭」。
 5年が何十年となった人生を少しでも業界のために尽くしたいと考え、日夜、勢力的に労を惜しむことなく活躍なさっています。熱中したゴルフも事業拡大機に封印し、今の趣味は専ら読書。
 経済と文化の融合や共生が時代の大きなテーマとなっている中で、これを体現しているのが木曽理事長であると言える。木曽理事長の本物の哲学、多彩な知識、豊かな感性が混迷の時代に飲食業がどこに向かって進むべきかを示唆し続けてくれるに違いない。。