味つづり〈109〉 倉橋 柏山
   寒 鰤 ( かんぶり の 至 福

 養殖が盛んで鰤は一年中出回るが、寒鰤と言って最も旨いのはこの季節である。
 鰤、硬骨魚綱、スズキ目、アジ科の海産魚。成長するにつれて呼び名が変る縁起の良い出世魚。地方によって呼び名が変るが、関東では体長七センチ以下をモジャコ、十五センチ前後をワカシ、四十センチ前後はイナダ、六十センチ位の物をワラサ、それ以上の四〜五年物をブリ。十キロ以上の天然物は市場入荷も少ないと聞く。
 冬から春に多く出回るが寒鰤と呼ばれ冬が旬である。
 私の最も好きな食べ方は、粗(頭、かま、中骨)と煮合せた鰤大根である。血合を良く洗い流してぶつ切りにして全体に粗塩をまぶしつけて一時間ほどおくと、身が程よくしまって鰤特有の臭みが抜ける。良く洗って霜降りにする。水気を拭く。三浦大根を乱切りにして下茹でして水気を切り、玉酒(水と酒同量)に昆布を加え、醤油味でじっくり煮含め、刻み柚子を添えて食べる味は至福以外の何物でもない。食べ物は個人差、つまり嗜好が異なるので、みりんや砂糖など適宜加え好みの味で食べてほしい。商品として用いる場合は上身を使い、大根も輪切り、半月、いちょう切りなど分厚く切って面取りをする。三浦大根はあまり流通しないが、煮込んでも煮くずれせず、煮物向きの実に旨い大根である。昆布は煮立つ頃合で引き出す。
 塩煮と言って、塩と淡口醤油少々であっさりと煮あげる方法もある。
 鮮度の良い物は刺身が至上の味である。
 紙塩と言って、和紙を霧吹きでしめらせ、刺身をはさみ、裏と表に平均に塩を振って三〜四十分しめる方法もある。客膳として演出効果もあり、実に上品な味わいのお造りである。この場合、紙は刺身や器に合せ、小さく切り、新しい物を用いる。
 うろこをすき引きした腹身の皮目を焼き、氷水に取り、水気を良く拭いて引き作りにし、青じそ、刻み浅月、千切りラディッシュ、針生姜をのせ、ポン酢醤油と紅葉おろし(大根に赤唐辛子を付け込んですりおろす)の叩き風の刺身は、脂ののった腹身が最適である。
 良い酒粕が出回るので酒華汁(粕汁)も寒い季節の御馳走である。材料は油揚げ、人参、うど、椎茸、こんにゃく、ごぼう。鰤は小角に切り、全体に塩をふって三〜四十分おき、水洗い、水気を拭きとる。中骨はぶつ切りにしてたっぷり粗塩をまぶして一時間ほどおき、水洗いして鍋に入れ、水を注ぎ、小角切りの鰤、昆布、酒少々を加えて火にかけ、沸騰点で昆布を取り出し、火を弱め、途中アクをすくいながら二十分ほど煮出し、ペーパータオルで濾し、下茹でした野菜と一緒に、漉し取っただし汁に酒粕を溶き入れ、小角鰤を加えて、塩と白味噌少々で味を整え、三つ葉を振り入れ、七味でいただく。これなら商品にもなるだろう。
 「鰤照り」の言葉もあるほど、鰤の照り焼きに勝る味はない。一品料理として提供するなら、鰤は百グラム位の切りにする。全体に軽く塩を振って三十分ほどおき、表面を拭き、串を打って八分通り焼き、たれを二〜三度塗りながら照り良く焼き上げれば至福の味となる。
 たれはみりん5、酒1、濃口醤油4、砂糖適宜を加え、中骨の焼いたものを加えて二〜三割煮詰めて用いる。付け合せは、あちゃらかぶ、また酢取り生姜、きんかんの甘煮、レモンなど、器とのバランス、彩り、青掻敷などを考慮して一〜二種用いる。
 照り焼きより素材の持ち味を生かした幽庵焼き(柚庵焼き)は、品位の高い焼物になる。酒、みりん、醤油各同量を一度煮立てて冷し、柚子の輪切りと一緒に鰤の切身を浸して一時間ほどおいて焼く。白味噌を少し加えた味噌幽庵という方法もあり、品格の高い料理となる。