味つづり〈102〉 倉橋 柏山
 
春岩魚の骨酒

 岩魚は渓流の代表的な川魚として知られ、日本の淡水魚のなかでは最も標高の高い清流に生息する。水温も13〜15℃位が最適とされる。
 渓流釣りの人気の的ともされるが、天然ものの岩魚となると、釣り人の特権で、一般にはなかなか口に入らない。私も長い包丁人生で天然の岩魚を口にしたのは数度である。
 食べても鮎、やまめに次ぐ美味なる魚である。
 今日では各地で養殖が行なわれ、私の住む三浦海岸の先端、三崎でも、蝶鮫と岩魚の養殖が三年ほど前から始められている。
 地元の岩魚は未だ口にしていないが、蝶鮫の刺身は知人の料理店で食べている。「岩魚も近々食べさせるよ!!」と言われ、楽しみにしている。
 養殖ものであろうが、旅先では各地の岩魚を食べている。
 洗いや塩焼き、魚田が一般的であるが「骨酒が旨い」。
 酒が好きで、骨酒も各種味わっている。最も好きな骨酒はごりであるが、ごりにおとらぬ旨さが、岩魚ややまめの骨酒である。
 豪快なところでは鯛や金目鯛のかぶと(頭)の骨酒も味わっているが、淡水魚のほうが私は好きである。
 おめでたのもてなしで、鯛の骨酒は豪華であった。朱の大盃で一升近い酒を回し飲みにする。
 金目鯛は、想像するよりも味がやわらかく、臭みや脂肪も少なく、のどごしが良いのには意外であった。
 岩魚は海魚と異なり美味至福である。エラと内臓を取り、丁寧に水洗いして水気を拭き、うねり串を打って、炭火でじっくり焼き、大ぶりの酒器に入れ、熱燗を注いでしばらく待つ。岩魚の旨味が酒にしみ出し、温度も飲み頃となる。全長14〜5pなら一煎目より、二回目のほうが旨い。
 会津の旅だったと思うが、藁葺き屋根の居酒屋で飲んだ骨酒は、実に旨いものであった。 囲炉裏の自在かぎの弁慶に素焼きの岩魚が刺してあり、注文すると炭火で炙り、熱燗を注いで飲ませてくれる。
 後日、川魚料理を得意とする先輩料理人に、この話をすると、その方法が一番旨いと言われた。
 岩魚は白焼き(塩も打たずに素焼きにすること)にして2〜3日風干しにしてから、飲む間際に炙り、熱くした酒を注ぎ、飲み頃まで待つ。じんわりと旨味がにじみ出るからであるそうだ。
 川魚は生きている状態を手早く下処理して素焼きにするのが一番旨いのかと思っていたら、骨酒に限り、そうでもないようである。
 岩魚はかなり大きくなるようで、大きさにより、二つか三つに切って骨酒にする。ただ見た目があまり良くないので、泳ぐ姿に焼き上げ、酒もたっぷり注ぎ、何人かで回し飲みは、豪快でかつ美味な飲み方である。
 岩魚は夏が旬とされるが、さて養殖物となると、いかがなものであろうか。
 鯉の洗いは、湯洗いという方法をとるが、岩魚も大きい物は湯洗いが良いそうである。
 三枚おろしにして腹骨をすき、小骨を抜いて皮を引く。そぎ作りの岩魚を、50〜60℃位のお湯に入れ、全体を振り洗いし、手早く氷水に移し入れて身を急激にひきしめる。ざるにあげて水気を切り、ガラス鉢にくだき氷を敷きつめ、千切り茗荷、青じその葉を敷き、洗いをこんもりと小高く盛り、赤芽たで、花丸胡瓜、あるいは花穂じそをあしらい、おろし山葵と、加減醤油、または酢味噌、ポン酢、醤油など、好みの調味料でいただく。
 三枚におろした身に軽く塩を振って焼き、食べよく切り、暑い時に熱い雑炊も旨いものである。あしらいは刻み三つ葉と露生姜。
 油で揚げ、焼葱と共に甘酢に浸した南蛮漬けも旨い食べ方である。