味つづり〈98〉 倉橋 柏山
かつおは無駄なく食べつくす江戸時代、「かつおの医者殺し」という食べ方があった。小説の中の話で、真偽のほどは解らないが、今でも年寄りならする。かくいう私も好きである。かつおの中落ち(中骨)をぶつ切りにして、針生姜と共に甘辛く煮る。かつおの血合の部分が好きな者にはたまらない味で、骨に付いたわずかな身と血合にしゃぶりつき、食べた後にお湯を注ぎ、あら煮の味を薄めて汁をすするのである。鯵やメバル、鯖などの煮つけを最後まで余すことなく楽しんだのである。「医者いらず」とも言ったと書かれるが、以前(四十年位前まで)は「骨湯」と言って味わい、猫が跨いで通るほどきれいにすすったので、「猫跨ぎ」と古老は言った。煮魚の無駄のない味わい方である。
知人の小料理屋で、メバルの煮つけを食べたあと、お湯を注いですすっていたら、隣の席に居た若いカップルは感心してうなずいていた。
熱湯をたっぷり注ぎ一分ほど置くと、あらの煮汁が溶け合って旨いスープとなる。
其角の句に「姐板に小判一枚初がつお」と詠まれるほど江戸時代の初がつおは高価で、あらまで無駄なく食べつくし、医者殺しと言われるほど滋養があったのであろう。
今日ではデパートやスーパーで一年中入手できるので、初がつおは昔ほど珍重しないが、江戸っ子は見栄と意地で競って食べたようである。食べ方も辛子酢味噌や蓼酢で楽しんだようである。
私は古い人間で青葉の頃になると無性にかつおが食べたくなる。それも生姜醤油に、おろしニンニクを加え、生あたたかい叩きが好きである。かつおのミディアムレアステーキ風である。中落ちも医者殺しで楽しむ。
醤油、柑橘類のしぼり汁、おろし生姜、ニンニク、みりん少々に二十分ほど浸し、すし飯に混ぜた手こねずしも旨い食べ方である。かつおの茶漬けも旨く好きである。
刺身の残りや手くずを出刃で叩き、すり鉢で良く擂り、味噌を加え昆布だし汁で擂りのばして濾す。賽の目切りの豆腐を加えてひと煮立ちさせたすり流し汁は絶品の味である。
今日では「鰹」と書くが、松魚、堅魚とも書く。頭部がとがって「烏帽子」に似ているので、えぼし魚とも呼ぶ。
縄文時代の貝塚からかつおが発見され、かつおは古代から食べられていたようである。生では食べなかったそうで、干して乾燥させると固くなるので「かたうお」が「かつお」と呼ばれるようになったと、奈良時代の書物に記されている。かつおは保存食だったのである。
鹿児島県の枕崎地方には「かつおびんた」と呼ばれる食べ方がある。びんたとは頭のことで、塩蒸し、塩茹で、煮つけにして骨ごとかぶりつく、野趣に富んだ食べ方である。頭が大きいので捨てるにはもったいない。手間をかければ旨いだし汁が引ける。頭全体に塩を振り、二時間ほど置いて霜降りにする。流水で血合を良く洗い、すっぽり入る鍋に入れ、たっぷり水を注ぎ、酒を二〜三割加え、葱の青い部分、古根生姜の薄切り、ニンニク、梅干、人参の皮や干椎茸、昆布を加えて六時間ほど弱火で煮出す。途中何度かアクをすくい、好みの味に煮含めると骨ごと柔らかく食べることが出来る。
内臓の塩辛は酒盗といい、酒好きには垂涎の味。腹身の塩焼きも美味。
中落ちの甘辛煮は、医者殺しと呼ばれ、滋養と強壮の食べ方で、若い方はこんな旨い食を知らないのは残念である。
尾鰭は茹でて流水で良く洗い、乾燥させると美味しい楊枝代わりとして利用できる。
冷凍のパック詰めは便利であるが旨くない。新鮮なかつおは一尾無駄なく食べつくす。
新鮮な旬の魚は、かつおに限らず捨てるところがなく、食べてことのほか旨い。