味つづり〈85〉 倉橋 柏山
昔の味煮凝
「煮凝に鰈 の白き 目玉かな」右城暮石 私は包丁を握って60年になる。若い頃は句に詠まれる煮こごりもよく食べた。鰈(かれい)の白き目玉と詠まれるから、小ぶりの鰈を一尾煮付けて煮凝にしたものであろう。
私が多く食べた煮凝は、使い残りのあらなどを煮たもので、冷蔵庫から出すと、鍋底や器に煮汁がべっこう色に固まっている。朝、温かいご飯にのせると寒天状に固まったゼラチン質が少しずつ溶けて実に旨いものであった。
昔は小料理屋などでわざと煮凝として食べさせたものである。
昨今、冬に煮凝を食べさせる店、いや、食べたがるお客があるだろうか。ゼラチン質の多い魚は(肉でも同じである)ほどよく固まる。
今日でもゼラチンを補って煮凝風の小鉢料理を出すが、概ね夏の料理として冷たくして出される。
冬真っ盛り、商品として魚の煮凝を出す店は少ない。というより需要が無いということであろう。料理もひと昔周期で大きく変わる。今、若い方は小魚類の煮付けを好まない。小さい時から家庭で小魚を食べる機会が少なく、小骨を嫌うからで、骨の無い切り身を油で焼いたり揚げたりする料理を好むようである。
真子鰈(まこがれい)の唐揚げは誠に旨い。これに熱い旨だし汁をたっぷりかける食べ方もある。うろこ、えら、内臓を取り、よく水洗いして水気を充分に拭き取る。全体にカタクリ粉をまぶして油でカラッと揚げる。味塩、あるいは天つゆで食べるのが一般的である。が、一番だし汁7に対し、みりん、酒、淡口醤油各1を鍋に入れ、沸騰点の熱々を揚げたての真子鰈にかけるとジュッと音が立つ、これを間髪を入れずに食べるのである。薬味は刻み浅葱に紅葉おろし、大根おろしに柚子こしょうもいい取り合わせである。これに熱い素麺を添えると食事代わりになる。
真子鰈はカレイ科の海産魚で、日本各地の沿岸に生息する。概ね秋から冬が旬。海域によって夏も美味で、一年中おいしく食べることのできる魚である。
大分県別府湾日出の城下鰈(しろたかれい)は本種で、鮮度の良い物は刺身が至上の食べ方で、煮て良し、焼く、揚げる、蒸す、酢に浸すなど料理万能のありがたい魚である。
昔を偲んで煮凝も旨い。だし汁4、酒、みりん、濃口醤油各1位の割合で真子鰈を煮る。味は好みがあるのであくまでも目安。砂糖と生姜の皮を加えて煮付ける。この季節室温でも煮凝るが、冷蔵すれば3時間ほどで煮凝る。ゼラチン質の多い魚ほどよく固く煮凝る。
体調や味の好みで、淡味が良い人、濃厚なあら炊き風の食べ方も旨い。又、めしの菜にするか、酒の肴、会席風に料理を何品か出す場合、味にも濃淡をつけて炊きあげることが望ましいのではないだろうか。
この季節にぴったりで旨いみぞれ煮がある。みぞれ煮は大根おろしを加えたもので八方だし汁(だし汁7、酒、みりん、淡口醤油各1の割合)で鰈を煮含める。軽く水気をしぼった大根おろしを加えてひと煮立ちさせる。味が淡いようであれば塩を少量補う。薬味は紅葉おろし、柚子こしょう、かんずりなど辛味をぴりっと効かせると旨味が増す。
煮魚は水で良しともするが、私はだし汁派で、せめて二番だし汁か昆布だし汁位は用いたいものである。
素材の持ち味を生かす焼き物なら、酒と塩だけでもよいが、柚子と一緒に漬け込んだ柚庵焼き(幽庵焼き)という品格の高い焼き方がある。濃口醤油、酒、みりんを各1の割合で合わせ、柚子の輪切りを加えた中に鰈の切り身を1時間程漬けて焼く。最後に漬け汁を2〜3度刷毛で塗って仕上げる。照り焼きと異なって出来るだけ鮮度の良い、旨味のある魚に向く焼き方で、茶懐石の焼き物に多く用いる手法である。