味つづり〈89〉 倉橋 柏山
鬼やらいの豆二月三日、多くの神社仏閣では有名人が招かれ、盛大な節分祭が行われる。「福は内、鬼は外」と大声で唱えながら、紙袋に入った炒った豆(大豆)を撒く。豆を撒くという行事の始まりは室町時代中期以降といわれ、現在のように一般に広まったのは江戸時代になってから、と物の本にある。
節分は立春の前日にあたり、季節の変わり目で最も寒く、悪霊や妖怪がはびこり、疫病や災いをもたらす季節。炒った豆は福豆と呼ばれ、福豆を撒くことによって悪霊や疫病、災いを打ち払おうと行われたのが豆撒きである。
柊の小枝に鰯の頭を刺し、家の門にかかげる風習は、ただの飾りではない。悪霊にとって柊は毒草で、鰯の生臭さは魔除けの効果があると信じられた。このような風習も忘れられつつある。
寒鰤(かんぶり)と呼ばれ、脂が乗って最も旨い魚はブリである。寒鰤を使った粕汁は、体が温まって誠に旨い。絞りたての新しい酒粕も一月頃から出始め、香りの良い新粕を使った熱々の汁物は体が温まって旨い。
塩ブリはひと口大に切る。生のブリやあらを用いる場合は強塩(全体にたっぷりと粗塩を振る)をして二〜三時間置く。どちらの場合もさっと霜降りにして水に取り、良く洗って血合などを取り除いて水気を切っておく。大根は銀杏切り、人参は梅型か輪切りにする。蒟蒻は塩でもみ、熱湯に入れてひと煮立ちさせてちぎる。椎茸はもどして、大きさにより二つか四つ切りにする。だし汁(昆布とかつお節)に椎茸のもどし汁を少し加え、ブリを入れてひと煮立ちさせる。酒粕と味噌をブリの煮汁で溶き、ブリをもどし、野菜を加えて火を通し、椀に盛り、刻み芹を散らす。
お客料理としてお出しするなら大根、人参は下茹でにして水にさらして用いる。また、味の仕上げとして淡口醤油を少量、お椀によそう前に加えると味が引き立つ。
福豆あちゃら。節分の福豆を利用したものである。他にするめと昆布と人参と和えると酒の肴になる。するめはさっと炙って三・五センチほどの長さの細切りにする。昆布も同じように切る。昆布は出来るだけ、ぬめりの強いものが良い。人参は細切りにして軽く塩もみにしてよく絞っておく。酢に砂糖と淡口醤油を適宜加え、以上の四種を三〜四日漬けておくと、豆もやわらかく食べられる。
もう一品、福豆の利用法。
ごぼうはよく洗って、太さによって縦二つか四つにして、小口からアラレ状に切る。福豆とごぼうを胡麻油で炒める。さくら味噌六、信州系の味噌四程度の割合で加え、酒、みりん、砂糖、七味唐辛子を各適宜加えてぼってりと練り上げる。朝餉の温かい御飯にまぶしつけて、豆とごぼうを良く噛みしめる。
今、日本人は固い物を食べることが少ないので、四、五十回噛みしめて食べてほしいものである。日持ちがするので常備菜として多めに作り、毎日少量食べる習慣をつけてほしい。小鳥の餌などと笑わないで、麻の実を加えるとさらに歯ごたえが良い。
ご飯に炊き込むという食べ方もある。ごぼう、人参、椎茸は福豆よりやや大きく小角に切る。油揚げは熱湯にくぐらせて、縦二つに切り、さらに小口から細く切って水気をよく絞る。以上を胡麻油で炒め、みりん、淡口醤油で煮る。洗っておいた米を炊飯器に入れ、水加減を合わせ、昆布、酒、塩少々を加え、炒めた材料を加えて炊き上げる。
私の住むマンションは八十世帯ほどであるが、節分の夜、豆を撒く声がほとんどない。特に若い世帯は日本の伝統あるしきたり、風習に関心のないことに寂しさを感ずる。