味つづり〈87〉 倉橋 柏山
    
鮎 め し

 私は栃木県と茨城県を流れる長い川から少しはなれた中流の山間部に生まれ育った。二十年以上那河川を見ていないが、子どもの頃は那珂川は清流で美しく、旨い鮎も生息していた。本の受け売りであるが、日本には三万三千の川があるそうだ。すべてではないが、その多くの川に鮎が生息する。だれもが自分の生まれ育った川を愛し、自慢したくなる。子どもの頃に食べた那珂川の鮎が八十に手がとどく年になっても懐かしくなる。
 ふる里は遠くにあるものではなく、いくつになっても近くにある。
鮎は春に生じ、夏大きく長じ、秋に衰えて冬に死す年魚である。
 肉食の稚鮎は、清流の水垢(石の表面に生じる藍草や珪藻)などを食べる草食性に変わり、夏、大きく成長すると共に特有の香気を増すので香魚とも呼ばれる。
 三年前、久しぶりに長良川の鵜飼いを見物、堪能した。鮎の焼き方はどの店もすばらしかったが、見事なまでに鰭にぬられた化粧塩には閉口した。
 死んだ養殖鮎を美しく、姿良い状態に焼き上げるために鰭に化粧塩をぬりつけるのは、解らないでもないが、鮎の鰭は食べられることを忘れないでほしい。
 私はこんがり焼けた鰭をつまみに酒を飲むほど鮎の鰭も好きである。
 長良川は鮎雑炊が昔から定評であった。今も変わらないのはなによりうれしかった。
 焼いた鮎を丸ごと雑炊にする。
 三枚におろした身を焼き、頭、中骨は昆布と共にだし汁を引き、かつおだし汁と合わせて調味する。水洗いしたご飯を加え、焼いた身を加えてふっくらと雑炊に仕立てる二種がある。
 鵜飼いを見物する舟の中で仲居一人で熱くて美味しい鮎雑炊を出してくれる。舟で食べる酒のあとの雑炊は至福以外の何物でもない。長良川の雑炊は後者のほうで実にいい味で、旅のうまい物として深く心に残る。
 家庭のガス火で、養殖の鮎は上手に焼けないし、旨いものでもない。鮎めしは養殖鮎でもうまいのである。
 ウロコを引き、軽く塩を振り、ほど良く焼いておく。二時間ほど昆布を水に浸した昆布だしを水代わりに用いる。かつお節のだし汁ならさらに旨い。研いだ米に加えて酒と淡口醤油、塩少々で味をととのえ、焼き鮎を入れて炊飯する。米一カップに鮎一尾くらいを目安に炊けばよい。蒸れたら中骨を引き抜く。よく混ぜて器によそり、叩き蓼の葉、または刻み浅葱を振り入れて熱つ熱つを食べる。
 鮎好きならこれでいいが、お子さんや女性は、頭と鰭の部分が気がかりなようで、頭と鰭を切り取って炊くか、取り除く工夫が必要かと思う。
 鮎めしの風情が大分うすれるが、鮎を三枚におろして身だけ焼いて炊き上げる方法もある。
 頭と中骨でだし汁が引けるので、塩を振って一時間ほどおき、昆布と一緒に水から煮出す。この時、大根や人参などの皮を半乾燥させて加えると、捨てる野菜も無駄なく利用できる。
 沸騰点で昆布を取り出し、火を弱めて途中アクをすくいながら三十分ほど煮出す。布漉しして水代わりに用いる。調味して身の部分を加えて炊き上げる。これなら内臓嫌いも食べることができる。
生のまま一尾丸ごと加えて炊き上げる鮎めしもある。野趣があって鮎好きにはたまらない。立塩で洗い、水気をふきとり、全体に軽く塩を振り三十分ほどおく。
 水加減したら四カップの米に大さじ二杯の酒を加え、濃口醤油で味をととのえ、昆布と千切り生姜を適宜加え、鮎と共に炊き上げる。
 鮎をから揚げにして、人参、ごぼう、油揚げ、こんにゃくの細切りと共に五目めし風に炊き上げる。鮎が二尾あれば四〜五人で楽しみながら食べることができる。
 天然鮎の塩焼きに勝る味はないが養殖の鮎めしをとりあげてみた。