味つづり〈79〉 倉橋 柏山
どじょう汁は夏の味我が家では、えびす講の日にどじょう汁を食べる習わしだったのか、えびす講になると毎年どじょう汁を食べていた。私は栃木県の山間部に生れ育ち、十二歳位まで太い丸どじょうの入った味噌汁は好きでなかった。えびす講は旧暦の十月二十日(今日の十一月二十ニ日頃)で、どじょうは泥中に潜って越冬するため小川などで姿を見ることは出来ない。冬眠のため泥田に潜ったどじょうを掘り出して食べるわけである。どじょうは水温む季節から泥田や穴から出て夏にかけて活発に躍動して、沼や池、田や小川に沢山生息していたが、その季節にどじょうを食べた記憶はない。だからどじょうが夏が旬であることは、調理の道に入るまで知らなかった。
孫は私とよく出歩くせいか、七歳で駒形のどぜう丸鍋をお替りしたのにはおどろきを感じた。以来、高校三年になる孫と駒形のどぜう丸鍋を楽しんでいる。
コイ目ドジョウ科の淡水に生息するどじょうは「泥鰌」と書き、土の中で生きているので「土生」が語源だという説があるほど、浅い池沼や水田、小川などの泥底にすみ、泥そっくりの緑の深い魚である。
どじょうは必ず生きたものを調理直前にしめて用いる。市販品は泥を吐かせてあるが、泥臭いので一日からニ日真水にはなして泥を吐かせる。
生きたどじょうをざるに入れて水をきり、ボールに入れて酒を注ぎ、暴れるので手早くふたをして15分ほどしめる。静かになったらぬめりと汁気を切り、淡めに仕立てた味噌汁でぐらぐら煮立てないように弱火で下煮をする。
旨いどじょう汁を楽しむなら江戸味噌が理想であるが、赤味噌に二割ほど白味噌を加えてだし汁に溶き入れ、下煮をしたどじょうの汁気を切り、笹がきごぼうと一緒に加えてひと煮立ちさせ、刻み葱と粉山椒の薬味で熱々のどじょう汁は、夏の妙味。
柳川鍋は開きどじょうで作るのが理想だが、慣れないと開くのが至難の技。小さいどじょうを酒でしめ、割下で下煮(だし汁8、酒、みりん、醤油各1)をして汁気を切る。鍋に笹がきごぼうを敷き、下煮をしたどじょうを並べて割下(だし汁6、醤油、みりん各1)を注いで火を通し、溶き卵を上から平均に流し入れてふたをして卵が半熟状になったら火を止めて、粉山椒の薬味で食べる。一人鍋が理想だが、卓上にコンロを出して大鍋を囲むのも楽しいものだ。
どじょうの唐揚げも旨い。生きているどじょうを油に入れたら大変なことになるので、酒でしめ、汁気を拭き取り、塩・コショウを振り、カタクリ粉をまぶしてやや低温の油でじっくり揚げると、骨が気にならない。この時、良く溶きほぐした卵白をからめてカタクリ粉をまぶすときれいに揚がる。ライムかレモンをしぼりかけてビールのつまみには最高である。
駒形のどぜう丸鍋には及ばないまでも、どじょうの丸鍋は夏の醍醐味である。酒でしめた丸のどじょうは、だし汁に酒と味噌と醤油少々(だし汁10、酒、味噌各1)で骨がやわらかくなるまで弱火でじっくり時間をかけて下煮をする。
これも一人鍋で銘々が理想的だが、すき焼きなど、厚手の浅い鍋をコンロにのせ、下煮をしたどじょうの汁気を切ってきっちりすき間なく並べ、だし汁5、醤油1、みりん1くらいの割下を注ぎ、煮ながら食べる。専門店並みに、刻み長葱、笹がきごぼうをたっぷり加える。粉山椒、七味唐辛子などの薬味で食べる。
どじょうは櫛形の割には骨が硬いので、ゆっくり時間をかけて骨が柔らかくなるまで下煮をしっかりしていれば、専門店にも勝るとも劣らない味を楽しむことが出来る。書き出した分量はあくまで目安で、自分の好みに合わせることと、良い材料を求めて、昆布とかつお節でしっかりだし汁を引くことが旨い料理につながる。