味つづり〈67〉 倉橋 柏山
洗いは盛夏の味盛夏の旨い刺身に黒鯛の洗いという食べ方がある。洗いには活魚を用いる。黒鯛も当然、生きている状態を手早くさばいて作取りして、そぎ作りにする。氷水でふり洗いして水気をきる。器にかき氷を敷きつめ、妻物をあしらって洗いを盛り、花穂じそ、赤芽などを添え、山葵醤油で食べる。洗いは盛夏の味である。
黒鯛はタイ科で、形も真鯛に似ているが、名が示す通り成魚は黒っぽい魚である。
「黒たひは白木の台へのらぬ魚」と江戸川柳に詠われる。黒鯛は血を荒らすと言って、古くから妊婦に食べさせない習慣がある。
成長につれて名前の変わる魚を出世魚といって縁起が良いとされる。黒鯛も、東京ではチンチン、カイズ、クロダイと名前が変わるが、白木の台(祝儀に用いる台)には乗せられない。黒鯛にとってはまことに迷惑なことである。
「黒鯛を辛子で旅の留守に喰ひ」という川柳もある。黒鯛を食すと血が荒れて流産の原因となる。その上、辛子と併食すると堕胎すると、江戸時代には考えられていた。女房が不義密通した子を、亭主が旅の留守に処理するために黒鯛を食べたのである。
黒鯛は典型的雑食性の魚で、口に入れるものならなんでも食べる悪食の代表で、妊婦の血を荒らして流産すると信じたのである。実際にはそうした効果はまったくないそうだ。
黒鯛は2年目で20センチ、3年目で25センチほどに育つ。3年魚までは雌雄の別がなく、その後周囲に雄が多いと雌に、雌が多いと雄に性を決定するそうである。
照り焼きという魚料理がある。同量の酒、みりん、醤油をなべに入れて火にかける。好みで少量砂糖を加え、少し煮つめてたれを作る。この時、焼いた中骨を加えてたれに旨味をつけるという方法もある。
黒鯛の切り身に金串を打って八分通り焼きあげ、たれを3〜4回かけて焼きあげる。たれに20分ほど切り身を浸しておいてから焼く手法もある。いずれにせよ、焼きあがりに照りが出て、見るからに旨そうに焼きあげることである。火が通りすぎ、つまり焼きすぎても、当然生焼けでもだめ。魚を美味しく焼くのは簡単なようで、なかなかむずかしいものである。が、鮮度のいい、程良く脂の乗った魚を上手に焼きあげるとまことに旨い。
器の中央にすっきり盛り、子茗荷の甘酢漬けを添えると、立派なもてなし料理になる。揆敷といって、楓の若葉、笹の葉、茗荷や生姜の葉などを添えると見た目の良さで美味しさが層倍良くなる。
シンプルながら塩焼きという旨い食べ方もある。頭は梨割りにする。中骨も適宜に切り、全体に塩を振り、程良く焦げ目をつけて焼きあげる。
潮汁にしても旨い。頭、中骨は食べよく切り、全体にたっぷり塩を振って2時間ほど置く。沸騰したたっぷりの熱湯にあらを入れ、全体が白っぽく色が変わったら冷水に入れ、血合やウロコを取り、ざるにあげて水気をきる。鍋に入れて水をたっぷり注ぎ、昆布と酒を適宜に加えて火にかける。煮立ったら火を弱めて昆布を取り出し、表面に浮くアクをていねいに取りながら20〜30分煮出す。味をみて塩を補う。潮汁という位であり、調味は塩だけで良いが、淡口醤油を食べる直前に少量加えると味がぐんと良くなる。針のように細く切った葱か刻み三つ葉を振り入れる。
すり流し汁という旨い汁もある。中骨に付いている身をスプーンですくい取り、すり鉢で良くする。白味噌を加え、だし汁を注ぎながらすりのばし、酒を少量加えて火にかけ、食べよく切った豆腐か、生麸を具に加え、煮え花の熱い状態をお椀によそり、青じそか、刻み茗荷を薬味に浮かせる。水溶きカタクリ粉でとろみをつけると、口あたりがなめらかでのどごしの良い汁物になります。熱い物は夏でも熱くを心がける。