味つづり〈66〉 倉橋 柏山
               
滑空する魚

 くさやの干物で燗酒をちびりちびりとやる。私のささやかな至福であった。寄る年波、干しあがったくさや、特にとびうおのくさやは噛みにくく、噛めば歯のすき間にはさまり難儀である。若い頃はむしゃむしゃ2枚位食べるほど好きだった。今でも食べたいが、噛みづらく、ため息をつきながら少量である。
 そこで、醤油に酒とだし汁を加えて煮立て、熱い漬け汁に焼いてほぐしたくさやを浸してやわらかくもどして食べるなさけない有り様である。味は半減するが歯が弱くなった年寄りには食べやすい。くさやは伊豆諸島の特産で、くさやと呼ばれるごとく臭いが強烈で、焼いていると孫は逃げ出すほどであったが、近年製法が変わったのか昔ほど臭いが強烈ではないような気がする。飛魚(とびうお)はダツ目、トビウオ科の海産魚で、どちらかと言うとボラに近い仲間の魚であると聞く。名の示すとおりよく飛翔することからとびうおと名付けられた。
 市場では、春とびと、夏とびと呼び分けていると聞くが、とびうおが多く出回る季節は初夏から初秋である。空中を飛ぶため胸びれが長く大きいのが特徴で、ある本には小骨が多いので刺身には不向きとあるが、鮮度の良いものは刺身も美味で、特になめろうにすると旨い。三枚におろして腹骨、小骨を取って皮を引いて細く切り、さらに庖丁で良く叩く。味噌、浅瓜の小口切り、おろし生姜などを混ぜる。
 私の個人的な好みか、作り立てより2〜3時間冷蔵庫でねかせて食べるほうが旨い。刻んだ青じその葉や青唐辛子などを加えても旨い。名の由来は、皿までなめるほど旨い。滑らかな舌ざわりなどから名付けられ、主にあじやさんまで作るが、とびうおも旨い。団子状にして調味しただし汁で火を通したつみれ汁も美味。丼に白飯を盛り、刻み海苔を振りかけ、なめろうをのせる。まん中をくぼませ、卵黄を落とし、生姜醤油で食べるなめろう丼も旨い。
 とびうおは日本近海に約20種ほど生息するそうで、海面滑空400メートルも飛ぶそうである。主な生息海は房総以南の主に暖かい海である。九州方面では「あご」と呼び、小さい物の焼き干しは品のいいだしが出る。生干しの干物をさっとあぶって頭からの丸噛り、年は取ってもまだ食べることが出来、日本酒に最適である。
 とびうおは水分が多いわりには身がしまっている。脂質が少ないので淡泊ながら、タンパク質が21%と高いので味がいい。開いて軽く塩をあてて風干しの干物を、さっとあぶって焼き立ての味は絶品である。黄身揚げの旨だし汁かけという料理がある。三枚におろして小骨を取り、食べ良く切り身にして、身のほうに骨切り状の庖丁目を入れて小麦粉をまぶす。卵黄をたっぷりまぶして精油で揚げる。油は新しいきれいなものを用い、油の温度は天ぷらよりやや低めで揚げると黄身の色が美しい。器に茹でたほうれん草と昆布だし汁で火を通したトマトを盛り、黄身揚げを彩どり良く盛る。
 上から旨だし汁を注ぐ。割合は、だし汁5〜6に対し、みりん、淡口醤油を各1の割合で火にかけ、煮立った熱い汁を注いで、おろし生姜を添える。惣菜というより、もてなしの客膳として喜ばれる。油と相性がいいので、南蛮漬けも旨い。
 一口大に切り、小麦粉か上新粉をつけて油でカラッと揚げる。だし汁4、みりん、淡口醤油各1、酢1、砂糖少々を加えて火にかけ、揚げたてのとびうおにひたひたかぶるほど注ぎ、赤唐辛子と、焼き葱を3センチほどに切って加え、3〜4時間味をなじませてから食べる。おろした身を30分ほど塩でしめ、水洗いして水気をふきとり、酢で20分ほど浸した酢の物も旨い。シンプルで最も旨い食べ方は塩焼きである。大根おろしとレモンで食べる。