味つづり〈60〉 倉橋 柏山
           
野 趣 に 富 ん だ 味  
「鮟鱇の肝美しく料理さる」原田 美保子   

 あんこうの肝を肴に人肌の燗酒。日本酒好きには至福のひとときである。焼酎ブームの昨今、居酒屋で人肌の燗酒は、少々肩身の狭い思いがする。が、寒い日の燗酒はことのほか旨い。肝美しく料理さると詠まれるが、あん肝はていねいに手当(下処理)をして調理せねば美しく美味しいものにはならない。
 食品の偽装問題で騒がれたが、あんこうとて、国産の大ぶり(7〜8kg)で鮮度の良い物でなければ美味しくない。
 関東ではあん肝を蒸すという方法が多い。関西では寒冷紗などに包んで調味しただし汁で煮る。味はどちらが良いかと言われるとむずかしい。あん肝の素地の持ち味を生かすことを考えると蒸す方が良い。しっとりねっちり肝特有の粘りと香りが生きるからだ。だし汁で煮含めると旨味が浸透して味は倍増されるが肝の組織が少しこわれるような気がする。
 洒落た器に盛り、ポンズ醤油を注ぎ、紅葉おろしと刻み浅つきを添える。若手の料理人はシブレットを飾り、洋風ソースに近いもので供する。これとて甲乙付けがたいが、私などは年のせいかポンズ系を好む。
 大手の居酒屋では、ちり鍋にしてポンズ醤油であんこう鍋を食べさせる。
 あんこうは、吊るし切りという特有のおろし方でさばく。大物になると20kgもあるそうだ。まな板の上で素人などではさばくことができないが、スーパーなどでもパック入りで少量買えるので重宝である。
 あんこうの七つ道具といって、柳肉、肝、ひれ、卵巣、水袋、皮、えらの七種がパックに入っているかどうか、私は確認していないので解らない。沸騰した熱湯に七つ道具を入れて霜ふりにする。手早くざるにあげ、冷水で洗ってざるに入れて水気をきる。白菜、長葱、春菊、人参、大根などの野菜を食べよく切り、椎茸、しめじ、えの木茸のきのこ類、豆腐やゆば、しらたきなど、書き出した全部ではなくとも6〜7種をそろえる。あんこう鍋は煮汁ごと一緒に食べるので、だし汁を土鍋に1人2カップ目安に入れ、みりん、淡口醤油、酒、味噌を各適宜加えて調味する。味は食べ手の好みだ。酒など1カップほど加えたって、旨くなればこそ、まずくはならない。酒が嫌いでも煮込んでアルコールがとぶので心配はない。塩、醤油、味噌など塩分の強いものは注意が必要で、味が濃すぎると薄めるのに大変で、味はややひかえめにすることである。寄せ鍋もしかりで、ガス火で煮ていると味が濃くなるからである。
 煮立ったら七つ道具を入れ、少し煮込む。骨が付いていたり身が大きいと火が通りにくい。あんこうは味がしみたほうが旨い。野菜などを入れ、火が通ったら食べる。が、その前に「たんねんに灰を掬ひて鮟鱇鍋―檜 紀代」。表面のアクをていねいに掬いとることを忘れてはいけない。
 汁が残ったらだし汁を足し、うどんを煮るか、ご飯を加えておじやにする。漁師風の旨い食べ方がある。鍋に水を注ぎ、あん肝の生を入れてつぶし、七つ道具を加えて煮込み、旨みが出た頃合いで野菜類を加え、味噌味で食べる素朴で野趣に富んだ食べ方である。
 蒸した肝をすりつぶし、味噌を溶き混ぜ、酢と辛子を加え、ちり仕立てのあんこう鍋を、この肝酢をつけて食べても旨いものである。
七つ道具を茹でるか、淡味のだし汁で煮て、十分に汁気をきって肝酢で和える。肝酢和えは、日本酒のあてに最適である。
 あんこう鍋は、淡口醤油と塩少々で調味した寄せ鍋風の地で煮る食べ方もある。食べ方や味付けにきまりなどない。霜ふりなどの下処理をていねいにして、良い材料を求めることである。美味しい料理は、一にも二にも材料である。そして魚は鮮度。新鮮なものを用いることである。