味つづり〈58〉 倉橋 柏山
銀箔の美しい魚 「太刀魚の銀剥がれけり切られゐる」 徳永夏川女「太刀」「平安朝以後、儀式の戦陣で使った刃渡り60センチメートル以上の長いかたな」と国語辞書に記されている。鮮度の落ちた切り身からは想像できないが、新鮮な大きい太刀魚一尾を眺めると、光り輝く美事な銀白色と形は、かたなそのものを感じる。
名前の由来も、色と形が太刀に良く似ていることから名付けられたと多くの本に記される。また、この魚、立って泳ぐからという説もある。いずれにしろ光の当たる角度によると、鏡面のごとく研ぎすまされたかたなそのもので、触れれば腕が切り落とされそうである。
「太刀魚」はタチウオ科の海産魚で、日本近海からインド洋方面に生息し、クセのない白身魚で、少し身がやわらかく水っぽいものの、味はきわめて良く、大ぶりの物は脂ものって美味。旬は春から夏と長く、周年あまり味の変わらない魚といわれるが、最も旨いのは夏である。
体表にウロコがなく、グアニン色素が露出して全身をおおい、銀白色をしている。この銀白を使って模造真珠を作り、女性の爪の装飾にも用いられると聞く。
私の小僧時代は、太刀魚の刺身という言葉はあまり聞かなかったように思うが、鮮度の良い物は、銀箔の光り輝く皮付きのお造りは美しく旨いものである。ポン酢醤油とか、加減酢で供されることが多いが、私の好みは土佐醤油にレモン汁を1〜2割加えた加減醤油である。
西洋料理でムニエールと言うそうだが、切り身に塩、コショウを振り、小麦粉をまぶしてバターで両面こんがりと焼き、レモン醤油で食べる。プロと素人では上手下手に多少差があるだろうが、この料理法は誰が作っても旨く、太刀魚の一番旨い食べ方であろう。
醤油とみりんと酒を各同量合わせた地に30分ほど浸し、汁気をきって片栗粉をつけ、油でカラッと揚げた料理を竜田揚げという。奈良県の生駒郡を流れる紅葉の名所竜田川にちなんで付けられた名前で、醤油の紅くこげた色が由来だそうだ。旨味のある身質だが、淡白であるため油と相性がいい素材である。
私の最も好きな食べ方は塩焼きである。夏の大ぶりの太刀をぶつ切りにして両面に塩を振り、遠火の強火という火加減で、両面こんがりと焦げ目をつけて焼きあげ、レモンをキュッとしぼりかけ、焼き立ての熱つあつを食べる。シンプルだがこれに勝る食べ方はない。ただし鮮度が良くて脂がのっていることが最大の条件である。
アジアはもとより欧米人が魚の旨さに目をつけ、海国である日本人が魚が食べられなくなる日が来るかもしれない。魚はそれほど旨く、健康に良い食べ物、季節をいつくしんで食してほしい。
すしも日本人のみが愛する料理でなくなった。太刀魚も握り鮨にすると旨い。刺身、つまり生食は単純で素朴、かつ最も原始的な食べ方であるが、素材の鮮度と庖丁の冴えで味が大きく決まる。太刀魚は鮮度の落ちが著しく早い。鮮度の良い物を手早くおろし、そぎ作りか、細作りにして握りにする。山葵醤油が定番であろうが、岩塩をすりつぶし、軽く振って食べても旨い。アボガドの熟したものをつぶし、細作りの太刀魚と和え、グンカン巻きにしレモン醤油を落とし、おろし山葵で食べる。絶品とか絶妙という味ではないが旨い食べ方であろう。
アスパラガスを塩を加えた熱湯でゆで、三枚におろした太刀魚で巻き、塩、コショウを振り、バターで焼き、スダチかライムをしぼりかけて食べる。和洋折衷料理であるが食べては美味である。
小角に切って酒塩を振り、枝豆、もどしたきくらげと一緒に炊き込みご飯にする。水代わりにだし汁を用いても良いが、頭、中骨を焼き、昆布を加えて30分ほど煮出した潮汁を水代わりにする方法もある。