味つづり〈52〉 倉橋 柏山
「風呂吹きの湯気の眼鏡となりにけり」 草間 時彦器のふたをとると立ちのぼる湯気でめがねがくもる。風呂吹きは出来たての熱々でなければ旨くない。猫舌で熱いものがだめという人がいる。はたで見ていると、熱い物を冷まして食べるなど、ジリジリイライラするほど気がもめる。私などがっつくほうだから、2〜3度ふうふう吹いて表面の温度が下がったところを一気に口に入れ、ガブッとかむ。芯は熱いから口の中でころがしながらハアハア〜眼を白黒させて飲み込む。これでは本来の味はわからない。が、なぜかいつもそういう食べ方しか出来ない。食べ方、味わい方でも人それぞれ異なる。秋も終り、冬仕度に入る頃になると木枯らしが吹く。寒い夜の風呂吹き大根は至福を感じる味である。
風呂吹きとは、人が風呂に入って湯気があたっているのと同じように、大根を茹で熱く湯気のあがっている風情を例えたのであろうが、定説では、漆器を作る職人が、冬場になると漆の乾きが悪くて困った。ある僧が、大根の茹で汁で風呂(漆器の乾燥室兼貯蔵室)に霧吹きするとよいと教えられ、その通り実行してみると乾きが大変良い。が、大根が残って困る。近所に配るものの、度々ではあきる。味噌を付けて食べたら旨かった。これが風呂吹き大根の語源といわれる。
大根丸ごと一本煮とか、長さ15センチもあって器から倒れそうな風呂吹きを看板にする店もある。大根は分厚く輪切り(4センチほど)にして、分厚く皮もむく。米のとぎ汁で茹で、ぬるま湯でさらし、昆布だしで芯まで温める場合と、だし汁で八方煮にして練り味噌をかける手法がある。練り味噌は、西京味噌400gに対し、砂糖大さじ3〜4杯、酒、みりん各大さじ2杯、卵黄1個分、当り白胡麻大さじ2〜3杯を加えて火にかけ、ぼってりと練りあげる。だし汁で味噌をゆるめて熱くし、おろし柚子か、刻み柚子を加え、熱い大根にたっぷりかける。味噌も大根も熱くし、盛る器も温める。出されたら間髪を入れず頬張る。これが美味しい風呂吹き大根の味わい方である。
味噌はもう一種赤味噌で作っておくと便利重宝である。桜味噌(赤味噌)8に対し、白味噌2の割合で混ぜ、西京味噌と同じように練りあげる。ただし、塩分が強いので砂糖は多目に加える。酢や辛子を加えてぬたや和え物が簡単にできる。当り胡麻の他、くるみ、ピーナッツ、マヨネーズ、豆板醤、柚子こしょうなどを加えれば趣きの異なった味噌料理を楽しむことができる。練り味噌は日持ちがするので、赤と白の二種類を多目に作っておくと良い。蕪の風呂吹きも旨い。又、赤と白の味噌で味も大きく異なる。大根にしろ蕪にしろ旨くつくるコツは、下茹でした材料をだし汁で充分にだし汁がしみ込むほど熱くする。味噌もだし汁で程好くゆるめて温め、温めた器に大根の汁気をきって盛り、熱い味噌をかける。味噌が流れ落ちるようではゆるすぎる。
もう一種変り味噌を紹介しよう。八丁味噌200g、桜味噌800g、酒、みりん、サラダ油各大さじ5杯、卵黄4個分、砂糖900g、当り胡麻大さじ4杯、トマトケチャップ大さじ3〜4杯、粉山椒、七味唐辛子各小さじ2杯をよく混ぜ、火にかけて木杓子でかき混ぜながらぼってりと練りあげる。使用する度に、だし汁と胡麻油少々で適宜にゆるく用いる。万能調味料として和え物の他、炒め物と利用出来る。
キャベツを8等分ほどの大ぶりにたてに切り、鶏スープに白ワインを一割量ほど加え、細切りベーコンと一緒に、塩、コショウでじっくり淡味でキャベツを煮込む。キャベツの煮汁で八丁味噌をゆるめて火にかけて温め、キャベツの汁気をきって器に盛りたっぷりかける。又、耐熱皿に盛り、味噌を生クリームでゆるめてかけ、おろしチーズをふりかけてオーブンで焼いても旨い。