味つづり〈51〉 倉橋 柏山

出世魚の奉書焼き

 すずきの奉書焼きという品位の高い料理がある。島根県は松江の名物調理となっている。松江の殿様、七代藩主治郷(不昧公)は名君であったそうだが、茶は幼少よりたしなみ、料理が大好きで風流な殿様でもあった。ある時、漁師が魚を熱灰にうずめて焼き、車座になって食べているのを見て、是非にと所望した。灰をかぶった姿のままでは恐れ多いと、奉書に包んで焼いて献上したところ、大変喜ばれたというのが、奉書焼きの由来といわれる。
 すずき(鱸)は、コッパ、セイゴ、フッコ、スズキと、幼魚から成魚になるまでに何回か名前が変ることから出世魚という。古法の奉書焼きは、はらわたを取らないと聞くが、今様にはウロコ、エラ、内臓をきれいに取って水洗いして、水気をふきとり、全体に塩を振り、水にぬらした奉書を何枚か重ねて包んで蒸し焼きにする。加熱する際、熱が強過ぎると奉書が焦げ、低温では時間もかかり旨い焼物にはならない。そのへんが注意どころである。オーブンを利用すれば難しい料理ではあるまい。いきなりすずきでは大きすぎる。セイゴかフッコを使い、上手に焼けるようになったら、すずき一匹丸ごとで〜んと豪快に焼きあげ、水引をかける。大皿に笹の葉でも敷いて盛り付けるとお祝いの席でも歓声があがり、食べてもことのほか旨い。
 すずきは夏の魚。洗いは盛夏の至上の味。活を用いるなど手法にも制約がある。刺身が一番旨い食べ方。皮目に熱湯をかける。又はバーナーで皮を焼き、手早く冷水で冷し、布巾で水気をふきとる。夏の刺身であるから一般的には皮を引く。あとはそぎ作り、引き作りにして、胡瓜か茗荷のせん切りなどを器に敷き、大葉じそを添えて刺身を盛り、おろし山葵と穂じそを添える。旨い醤油が沢山出回り、生醤油で食べてもいいが、ひと手間かけるなら、濃口醤油に三割ほどの淡口醤油を加え、みりんと酒を一割弱、削りかつお節をひとつまみ入れて、ひと煮立ちで火を止め、布漉しする。冷めたら柑橘類のしぼり汁を一割ほど加えた加減醤油で食べる。わずかな酸味が爽やかである。
 焼いたすずきを椀盛りにした盛夏のごちそうもある。三枚におろして小骨を抜き、適当な切り身にして全体に軽く塩を振って、2〜30分たったら焼いて酒を振りかける。下煮をした椎茸とすずきを椀に盛り、刻み茗荷を添え、熱い清し汁を注いで、へぎ柚子を浮かす。夏の醍醐味である。美味しくするコツは、お椀も湯を張って温め、椀種も熱く、清し汁は書くまでもなく、煮え花の熱々を注ぐ。暑い時でも熱い物はあつくする。そして美味しいだし汁を用いることである。水6カップに対して、上等な利尻昆布10cm角2枚を入れて一時間置き、そのまま火にかける。昆布の縁に小さな泡がつき、湯の中でゆれるような状態になったら火を弱める。煮立たないようにして2〜3分したら昆布を取り出す。削りかつお節40g加えて火を強め、プーッを吹き立ったら火を止め、表面のアクをすくい取って2〜3分そのまま置き、盆ざるに布巾かペーパータオル二枚重ねて敷き、ボールなどに漉し取る。一番だし汁といって吸物に最適。昆布とかつお節が上等の物であれば、塩と淡口醤油少々で調味すると至上の味。だし汁を引く時も調味するときもぐらぐら煮立ててはいけない。これが清し汁調味のコツ。
 中骨や頭を塩焼きにしても旨いが、くさだしといって、水から煮出した潮汁も大変美味である。中骨、頭は適宜に切ってたっぷり塩をまぶして一時間以上置き、たっぷりの熱湯に入れて霜ふりにする。ざるにあげて水に入れ、流水でていねいに血合やウロコを洗い流して水気をきり、なべに入れ、昆布を加えてたっぷり水を注いで火にかけ、煮立ったら火を弱めて昆布を取り出し、2〜30分表面に浮くアクをていねいに取りながら煮出して漉す。すずき特有の旨味が出て、美味至福の潮汁である。