理事長訪問 第13回 静岡  
静岡県飲食業生活衛生同業組合
   森川 進 理事長に聞く
 
   
 

これからの地域の飲食店は身の丈にあった商売を
分け隔てのない人とのつながりが信条

―まず、飲食業に入られたきっかけをお聞かせ願えますか。

森川進理事長■私は子どものころから甘党で、羊羹だったら一日に何本も食べてしまうくらいでした。実家は漁師で、小船を持っていましたが、私はどうしても継ぐ気になれなくて、小学校のときから自分は商売人になるんだと決めていました。中学を出て、最初は菓子職人として修行することになりました。ある時、親方に目黒の雅叙園の洋食の親方のところに連れて行かれ、それがきっかけで、料理人になろうと思いました。そして東京、日本橋のスエヒロに勤めました。18歳のころでした。

―東京で修行後、静岡に戻って独立されたのですね。

森川■東京でも屋台ならできるかなと思って、散々探したんですが、たまたま静岡に帰ってきたときに、沼津で店を探したところ、少しばかり貯めたお金で何とかなりそうな物件があり、わずか5坪の店を始めました。24歳のときです。東京へ出てから、10年くらいですね。
 最初の店はとんかつ屋でした。東京ではステーキの店で勉強しましたが、田舎ではその当時はステーキは食べないし、とんかつが最高のごちそうでしたから。屋号は子どものころのあだ名が「こがね虫」だったので「こがね」とつけました。現在はこがねグループとして、レストランや地ビール、居酒屋など6軒経営しています。

―森川理事長が、経営者として一番大事にされていることは何ですか。

森川■子どものころから人間が好きで、今で言えば、虐めにあっているような子と一緒に学校に行ったりしていました。東京から帰って商売を始めたら、まずその頃の同級生がお客で来てくれました。社会に出たばかりの給料で、お店に寄ってくれるんですよ。だから、人とのつながりは絶対に大事にしなければいけない、人との付き合いは、分け隔てしてはいけないと自然に教えられましたね。

―従業員の教育に関して、一番大切にされていることは何ですか。

森川■月並みですが、お客さんを心の底からお迎えする気持ちです。特別なことではないです。ごく普通の自然なことです。気遣いに始まり、気遣いに終わる。私が従業員に特別何かを教育するということより、子どものころしつけが大事ですね。朝起きたら朝ご飯の前に、庭をはいたり廊下を拭いたり、お客さんが来るときは総出で家の掃除をして、お迎えする準備をする。ごく当たり前のことです。今はそういうことを親が教育しないから、ごくあたりまえの気遣いが出来ないんですね。

―今後の事業の展開はどんなビジョンやお考えを持っていますか?

森川■大手の企業がどんどん地方へ進出してきます。飲食業が本業のところだけでなく、異業種の方が参入してきます。どう考えても地域の小さな飲食店がかなうわけがありません。自分が若くて、店をどんどん成長させていこうというなら別ですが、われわれの年代であれば、大きくするよりも、小さくてもいいから店の内容に特長を持たせることが大事だと思います。週休二日制でも三日制でもいい、自分の人生を楽しみながら、仕事も楽しもうということです。仕事に使われてしまう時代ではありません。もし仮に、その店が繁盛したら大手がすぐに真似してしまいますから。
 地産地消は、自分の目の届くところの食材を使い、新鮮で安心で安全で、美味しいものを提供することですが、それと飲食店経営も同じで、自分が見える範囲で、身の丈に合った商売をするということが、一つの方向性だと思います。身の丈にあった商売を、いかに地域に密着してやるかが大事ですね。

―ところで、森川理事長が組合活動に入ったきっかけは、どんな経緯だったのですか?

森川■若い時に、何もわけがわからないうちに、役員さんに組合に入ってみないかと誘われて入ったら、集金もやってくれと言われて、集金のお手伝いをさせてもらっているうちにだんだんとこうなりました。私はもともと人前に出たりしゃべったりすることが好きじゃないから、絶対に役員はやるものではないと信念を持っていたのですが、なぜかだんだん深みにはまってしまいました(笑)。でも、役についたからには、一所懸命やってしまう性分なのですね。

―静岡は全飲連発祥の地でもあり、全国の組合の中でも手本になるような地域だと思います。理事長として、今後も一番大事にしていきたいことはなんでしょうか。

森川■自分を卑下しているわけではありませんが、昔は「飲食業は水商売」と言って、他業種から一段低く見られているところがありました。だから、ある本に「外国では飲食業は社会的地位が高い」と書いてあったことが非常に印象に残っています。銀行がお金を貸してくれなかった時代に、全飲連の先輩方が頑張って生活金融公庫も作ってもらって、今はサービス業といわれる時代になり、社会的にもレベルアップされてきたと思います。ですから、ますます他の業界と肩を並べていけるような環境を、自分たちで努力して作っていかなければならないと考えています。

―そういった理事長の思いを具体的にしていくために、どんなことをお考えですか。

森川■まず、行政や議員さんに言うべきことは言って、我々の業界の実情を聞いてもらうことですね。ですから、静岡県では県議会議員や国会議員との交流は非常に大事にしています。へつらうのではなく、われわれの飲食業のレベルアップを図り、商売がやりやすいようにやっていくためです。今までわれわれの要望なんて聞いてもらえるところがありませんでしたから。組織の力を政治の場に生かしていくことが大事です。そして、行政に対しても協力すべきことは大いに協力していきます。

―8,000人の組合員の力というのは大きいですね。さて、相変わらず飲食業界を取り巻く状況は非常に厳しいと思いますが、静岡県の現状はどうでしょうか。

森川■いま、地域の飲食業の最大のライバルはコンビニです。都市であれ田舎であれ、全国津々浦々に進出して、コンビニ同士がつぶし合いしている時代ですから、飲食店への影響は大きいです。しかし、悲しいかな、われわれの業界は家族経営が多いから、何とか食べていけてしまうので、危機感がありませんが、コンビニはどんどん増えていくでしょう。そう考えると、悲観的にならざるを得ませんし、組合活動も低迷していきます。
それに、改正道交法が施行されて、夜の商売、特にカラオケ、スナックが壊滅的な打撃を受けています。私はバス会社に行き、夜の12時くらいまで営業して下さいとお願いしました。単独では沼津の市長さんのところまで行きまして、バス会社のエリアの話もしました。また、タクシー会社の役職者と会って、今までタクシーは迎えに来たらお迎え料を取っていたけれど、それをなくしてほしいと頼みました。その代わり、店がお客さんを紹介したら、紹介料をくれていたのを撤廃していいと申し入れました。また、夜の10時以降はタクシー料金2割増しで、山道に近いところでは坂道料を取るというのも、今、お客さんが少ない時代にやることではない、タクシーが安くなったという印象が広がれば、お客さんが増えてお互いに相乗効果があると思っています。
 ところがなかなかタクシー会社がその気になりません。情熱を持ってさせてもらっているのですが、もっと積極的にやっていかなければならないと思っています。静岡だけではなく、全国で狼煙を上げなければならないと思いますよ。

―さて、森川理事長は全飲連の事業委員長でもあるのですが、全飲連としてはどんな取り組みをお考えですか。

森川■いま、全飲連カードを提案させてもらっていますが、全国の各地域ごとに特色を打ち出していただくことで、組合員であるメリットを生み出していくことができると思います。交渉次第によっては、さまざまな所で使えるところを増やしていけると考えています。
 それには、各県ごとにそれぞれの特徴を生かしていくことが大事です。地域で理事長や各支部長さんに骨を折ってもらって、地域ごとに映画館や理美容、旅館など割引してもらえるように折衝し、全飲連からその情報を発信すれば、カードによって組合員の意識が高まると思います。
 現状では、組合員は会費を払って、そのままになっている人が多いです。カードによって、目に見える組合員としての連帯感を持ってもらうところから、これを旗印にあげていきたいと思っています。うまく使えば組合員減少の歯止めにもなると思います。知恵を出しあってうまくやれば、喜んでもらえる事業になるのではないかと思っています。

(聞き手 菅田明則)