求められる有効な受動喫煙対策

分煙対策が不完全な飲食店での粉じん濃度は、
禁煙席でも喫煙席とほとんど変わらない。


 東京大学大学院医学系研究科院生の中田ゆりさんと産業医科大学産業生態科学研究所の大和浩助教授が、今年1〜4月、都内の飲食店にデジタル粉じん計を持ち込み、混雑時の約4〜6時間、たばこの煙による粉じん濃度を計測した。
この調査で、分煙対策不完全な飲食店での粉じん濃度は禁煙席でも喫煙席とほとんど変わらない。禁煙や分煙にしていない飲食店内の粉じん濃度は法定基準値を最大で18倍も上回ることがわかった。また、全面禁煙のコーヒー店ではほとんど粉じんは検出されなかった。
健康増進法の施行により、5月1日から飲食店も受動喫煙防止への努力義務が課せられたが、わが国では依然、安全な環境で食事ができない国だということが明らかになった。
今後、飲食業界を挙げてお客様や従業員の受動喫煙を防止する有効な対策の実施に取組まなければならない。


東京都内の飲食店における不完全分煙の現況調査報告

●背景
安全なレベルの受動喫煙は存在しない(WHO)。
日本では禁煙となっている飲食店はわずかであり、喫煙席と禁煙席を分けただけの不十分な分煙対策がほとんどである。
日本の外食産業市境規模は2万7,649億円であり、小さな子供を含め多くの人々が飲食店を利用している。
飲食店は全国で約430万人の人々が働く職場でもあり、多くの未成年者もアルバイトとして働いている。飲食店の従業員は受動喫煙に常時さらされること、がんや心臓病などに罹患するリスクが高まることが多くの研究で明らかにされている。
●目的
 健康増進法施行後に飲食店において効果的な禁煙・分煙対策が促進されるために、現状を客観的、定期的に評価することが必要である。
 都内の飲食店において現在取られている分煙対策の効果を禁煙席、喫煙席での粉じん濃度の経時変化と平均曝露濃度の測定により、定量的に評価する。
●方法(1)
〈対象〉異なる分煙対策を行っている店都内の50店舗を分煙対策別に分け、その効果を調査した。
1.全面禁煙店/店内が完全に禁煙の店
2.完全分煙店/フロアが異なるなど禁煙席が完全に分離されている店
3.不完全分煙店/同じ空間に喫煙席と禁煙席が存在する店
4.時間分煙店/混みあう合う昼食時などを禁煙タイムとしている店
5.無対策店/店内で喫煙が自由に許される店
●方法(2)
〈店内粉じん濃度の測定方法〉
 1.、4.、5.の店については店内の1個所、2.、3.については、禁煙席と喫煙席の2個所において、レーザー粉じん計(柴田科学、LD-3K型、記録装置内蔵)を用いて、混みあう時間を含む数時間の粉じん濃度の変化を測定。
●結果
1.全面禁煙店/店内が完全に禁煙の店
 粉じん濃度は平均0.01mg/m3であり、大変良好な空気環境であった。顧客数が増えて満席状態になった時も粉じん濃度にはほとんど変化がなかった。
2.完全分煙店/フロア別など禁煙席が完全に分離されている店
 タバコの粉じんが禁煙席に流れ込むことは少なかったが、喫煙者が多くなると禁煙席の粉じん濃度の上昇が多少認められた。左右に分かれる分煙よりもフロア別分煙の方が粉じん濃度が低かった。
3.不完全分煙店/同じ空間に禁煙席と喫煙席が存在する店
 喫煙者が増えるとともにタバコ煙による粉じんは禁煙席へと流れ、境界区域、禁煙席においても粉じん濃度は上昇した。
4.時間分煙店/込み合う昼食時などを禁煙タイムとしている店
 禁煙時間帯の粉じん濃度は、顧客の数が多い時でも完全禁煙店と同じように低いことが観察された。喫煙時間帯になり、喫煙する顧客が増えるにしたがって粉じん濃度は無対策店と同じような濃度にまで上昇した。
5.無対策店/店内で喫煙が自由に許される店
 分煙対策のない店内の粉じん濃度は、喫煙者が多い時間帯には厚生労働省が示す室内浮遊粉じんの評価基準値(0.15mg/m3)の数倍に達することが認められた。


●考察
 分煙対策のない店の中には、粉じん平均濃度が厚生労働省の評価基準値(0.15mg/m3)の数倍に達する劣悪な空気環境の店が存在することが認められた。
 不完全分煙店では、喫煙席と禁煙席の粉じん濃度に大きな差はなく、店内の空気が一様に汚染されていることが認められた。
 飲食店は、子供や喘息患者・妊婦など、タバコ煙に対する弱者も飲食を楽しむコミュニケーションの場所であることから、利用者の受動喫煙を防止する対策が求められる。
 また、多くの従業員やアルバイトが働く職場でもあることから、顧客だけでなく従業員をも受動喫煙から守るという観点で店内の禁煙化など、早急な対策を実現するべきである。



禁禁煙や分煙にしていない飲食店内の粉じん濃度は
基準値を最大で18倍上回る。

飲食店の分煙調査を急げ
中田 ゆり  東京大学大学院生(国際地域保健学専攻)

 飲食店で禁煙席にいながら他人のたばこの煙を吸わされた経験は、誰にでもあるだろう。5月から施行された健康増進法は、そうした受動喫煙を防ぐ義務が飲食店側にあることをはっきりさせた。だが、今のところ、対策は店それぞれの自主努力まかせで、実態は以前とほとんど変わりない。
 今年1月から4月、私は首都圏のファミリーレストランや居酒屋など50カ所の飲食店における分煙対策の実情を、厚生労働省の分煙ガイドラインで定められた浮遊粉塵濃度を測定する方法で調べ、問題の深刻さを実感した。
 測定の結果、まったく分煙対策をとらず自由に喫煙できる店の粉塵平均濃度は、喫煙者が多い時間帯には完全禁煙店に比べて70倍で、厚生労働省が示す法定基準値の18倍にあたる1立方メートルあたり2.7ミリグラムまで上昇する店もあった。
 同じ空間を喫煙席、禁煙席で分けただけの不完全分煙店が最も多かったが、そこでは喫煙者が増えるとともに粉塵は禁煙席へも流れ、濃度は最高で法定基準の9倍まで上昇した。一方、禁煙席と喫煙席をフロアで分けた店では、禁煙フロアの粉塵濃度は喫煙フロアの込み具合とは関係なく微量で安定していた。
 今回の調査で、飲食店の粉塵濃度は職場など一般的な場所よりかなり高いこと、家族連れが利用するファストフード店でも喫煙席の割合は平均75%と多く、不完全分煙店では子供や妊婦には危険ともいえる受動喫煙状態にさらされていることが明らかになった。
 私が以前、国際線乗務員として勤務していた航空業界では、受動喫煙が当たり前だった。狭い機内なのに、禁煙席と喫煙席とを表示で分けただけの極めて不完全な分煙だったため、禁煙席にいても目やのどが痛くなった。日本人男性客の多い路線では喫煙席が7、8割を占め、離陸後の喫煙解禁になると、機内は煙で真っ白になるほどだった。乳幼児やぜんそくの人などたばこに弱い乗客がいてもなんの対策もなかった。
 当時は受動喫煙の有害性が社会的に知らされておらず、接客業のプロとしては煙を我慢するのが当たり前だった。客室乗務員の尿中ニコチン代謝物濃度が一般の非喫煙者よりも高く健康被害があるという米国の研究データを知ったのは、約7年間の乗務員生活を終えた後である。その後、航空業界の医療専門家チームの働きかけにより、国連の専門機関の国際民間航空機関が国際線の全席禁煙化に取り組むことを総会で決議し、空の禁煙化が加速した。
 世界保健機関(WHO)は「安全なレベルの受動喫煙は存在しない」と強調する。飲食店は、ふだんから家族連れが頻繁に利用する点では、航空機以上に受動喫煙の影響が深刻である。さらに被害は客だけではない。禁煙でない店の従業員は、がんや心臓病などのリスクが高まることが米国の研究で明らかになっており、日本の430万人以上の従業員やそれに含まれない多くの未成年アルバイトが働く日本の飲食店でも急いで受動喫煙対策を実現しなければならない。
 米国、カナダ、オーストラリア、フィンランドなどでは、法律により飲食店が完全禁煙化されている地域が多い。日本で顧客と従業員両方の健康を受動喫煙から守るためには、最終的には飲食店の禁煙化しか方法はないが、まずは保健所や労働基準監督署など行政機関が飲食店の監視組織を設け、今回の調査で実施したのと同様の粉塵濃度測定などにより、受動喫煙の現状調査をしてほしい。行政はその結果に基づき、店側へ具体的な改善指導をするべきだ。
 最近の調査で、喫煙コーナーに見かける空気清浄機はたばこ煙の有害成分をほとんど除去できないことが明らかになった。監視態勢なしに喫煙の放置が続くなら、健康増進法の形骸(けいがい)化は火を見るよりも明らかだ。
(朝日新聞5月24日「私の視点より」)


平成15年5月1日健康増進法が施行されました。
《 飲食店での受動喫煙に対する措置を!》
 平成15年5月1日に健康増進法が施行されました。第25条では、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう)の防止が謳われています。飲食店など、多くの人が利用する施設を管理する者は、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければなりません
■健康増進法第25条
 学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。