味つづり〈35〉 倉橋 柏山

鮎めしと姿ずし
「塩つよく打たれ年魚の焼かれけり」村井隆

 年魚とは一生が一年で終わる意で、鮎のことである。鮎の一生は、秋の終わりの産卵から始まる。雄の一団は一匹の雌を追って腹部を刺激して産卵を促す。小砂利のある川底に卵を産みつけると雄は競って精子をかける。受精した卵はふ化し、流れに乗って海へ下る。沿岸近くの海中で冬を越し、半透明な稚魚集団は春の水温の上昇と共に川へもどる。幼魚時は動物性プランクトンを食べて生活するが、よい藻場を求めつつ生活の拠点を決める。この頃より鮎は縄張りの意識が強くなり、自分の生活拠点に他の鮎が来ると、頭で相手の腹にぶつかって追い払う。この習性を利用して生まれたのが「友釣り」であるといわれる。魚の鼻に環をつけ、尾の近くに釣針を付けて泳がせると、縄張りを荒らしに来たと思った鮎は猛然と戦いを挑み、遂に尾の近くの針に引っ掛ってしまう。友釣りは釣師の醍醐味である。
 鮎は鮭の近縁の魚で、北海道から南日本、朝鮮半島や中国の一部にも分布する淡水魚で、珪藻類を食べるサケ目アユ科の一年魚である。
 鮎は岩肌に生育している岩苔(珪藻)で大きく育つ。珪藻を食べるから香りがいいのか、天然の鮎には香りがあるので「香魚」とも呼ばれる。鮎の最も旨い食べ方は塩焼きである。それも釣りたてを待ちかまえて串を打ち、塩を振って炭火にかざしてこんがり焼き目がつくほどに良く焼き、たで酢で焼きたての熱つあつをかぶりつくに限る。文章ではいとも簡単に書けるが、私も毎年鮎を求めて食べ歩くが、天然鮎の釣りたてをその場でという条件を満たしてくれたところは一度もない。何事も例外はあり、金とひまを惜しまず全国の河川をかけめぐることの出来る人は別である。
 養殖技術の発達により、天然仕立とか半天然などと、より天然に近い鮎も出回り、それなりに口福を満たしてくれることはありがたい。が、養殖鮎を家庭のガスコンロの上で塩焼きにするのは無理に近い。焼くこと自体は簡単であるが、脂がしたたり落ちてガスの炎でまっ黒になってしまう。それも完全に火が通らないうちにである。鮎の焼き方は強火で焦げ目のつくのをいとわず、むしろ川魚特有の生臭さを消す意味でよく焼くにつきるが、すすでまっ黒では食べられたものではない。竹串に刺して炭火で両面こんがりと焼く。は、家庭では無理であろう。そこで鮎めしはいかがだろう。鮎はウロコを取って塩水で洗い、水気をふきとって洗濯バサミに吊るして2時間ほど風干しにし、さっと表面に焼き目をつける。3カップの米に3〜4匹を並べ、醤油味で吸い地強に調味しただし汁を水代わりに注いで炊きあげる。頭と骨、ひれなどを取ってご飯にかき混ぜ、炊き立ての熱つあつをいただく。雑炊や煮麺などに用いても旨い。これなら天然仕立の鮎でも充分である。
 鮎ずしという食べ方もある。鮎はウロコを取って頭のほうから腹開きにする。内ぞうを取り、中骨も取り除き、出来れば腹骨もすき取る。両面に粗塩を振って(塩はたっぷりと振る)ざるに並べて2時間ほど置く。水洗いをして水気をふき取って酢に15分ほど浸す。固めに炊いたご飯(米3カップ)、酢60cc、砂糖45グラム、塩15グラムほどの合わせ酢ですしめしを作る。固くしぼった布巾をまな板の上に広げ、身の方が表になるように頭を左にして置き、その上に大きい握りめし大の卵形にしたすしめしを固めに握ってのせ、布巾で包んで鮎が上になるように半回転にし、両脇を布巾と共に押し込み、さらに上から力を入れて形をととのえながら巻きしめ、1時間ほど置いて味をなじませ、食べよく切る。すしめしに煎った白胡麻や酢ばすの薄切りを加えると歯ざわりも良く、素人ずしとは思えぬ美味な鮎の姿ずしになる。