味つづり〈31〉 春が美味の剣先いか
倉橋 柏山
きざまれて烏賊の水肌箸に透く」相葉有流
いかは鮮度がいいほど身が透明である。きざまれて、は細く切ったもので、水肌箸に透く。まぎれもなく生きているいかの刺身を詠んだ句であろう。どのいかも生きているときは体が透明で内臓が透けて見える。水からあげると透明感が薄れて茶褐色に変化する。そして時間がたつにつれて乳白色になる。この変化がいかの鮮度を見分けるバロメーターでもある。また、目が黒々と輝き、胴を持った感じがしっかりして、吸盤に吸着力が残っているものも鮮度がいい証拠でもある。
久保田万太郎の句に「ゆく年やむざと剥ぎたる烏賊の皮」というのがある。むざは、造作もないという意であろう。いかは鮮度が落ちてくると皮がむきやすい。この句は、少々鮮度の落ちたいかを正月用として無造作にむいているのであろうか。
烏賊(いか)は、軟体動物中最も進化した頭足類に属する十腕目の総称、胴、頭、腕の三部からなり、腕は十本、このうち二本は触腕といい、他の八本より長く、えさなどを捕らえる。背には甲羅(軟骨または石灰質の厚い甲)があり、腹面には排泄物を体外に出す漏斗(ろうと)とその下、十腕の中にからすとんびと呼ばれる口がある。そして胴の後方にひれ(耳、えんぺら)がある。
食用としていかも沢山あるが、いか類は、石灰質の甲をもつ「こういか類」と、甲が薄い木の葉状の軟骨をもつ「つついか類」の二大別であるとされている。
槍烏賊のような薄い身をさらに薄くへいで、これ以上細くできないほど細く引いた、いかそうめんなどという食べ方がある。刺身は通常、おろし山葵か、生姜醤油などであるが、こだわりのいかそうめんとなると、醤油代わりにそばつゆですするようである。鮮度のいいするめいかなど身の薄いいかの立体感を出すためと、盛り付けの美を表現するために鳴門作りとか博多作りなどという刺身手法があるが、生に近い鮮度のいいもので鯣(するめ)そのものを味わうのであれば、細作りが一番旨い食べ方であろう。
これから美味くなるやや小型の「剣先烏賊(けんさきいか)」は、本州中部から四国、九州に分布するが、長崎県五島列島が本場とされ、鮮度のいいものは刺身が美味。一番スルメとか五島スルメといって、剣先いかのスルメは最上である。槍いかに似ているが胴が少し太く、触腕も太く、体内の墨袋の上に発光器があるのが特徴である。東京市場ではあかいかと呼んでいるようである。
豚の背脂を塩でしめて細切りにし、細切り野菜で仕立てた沢煮椀という清まし汁がある。かならず筍とうどが入ることから、木々の芽吹く頃から新緑の味で具沢山の意で、沢煮椀と名付けられた。剣先いかを使った沢煮椀も春ならではの味わいである。いかは皮をむ
いて軽く塩を振って細切りにしておく。筍、うど、人参、椎茸はそれぞれ細く切る。だし汁を鍋に入れて火にかけ、酒少々を加え、野菜を入れて塩少々と淡口醤油少量で調味し、カタクリ粉をまぶした細切りいかを加え、煮え花の頂点をお椀に盛り、刻み三つ葉を振り入れ、粉山椒かコショウの薬味でいただく。
剣先いかをすしめしに混ぜても旨い。細切りいかを酒塩で煎り煮する。煮すぎは禁物で、芯が生の状態で火を止める。米に二割ほどのもち米を加えてすしめしを作り、刻み紅生姜少量といかを混ぜ、小さく俵型に握り、塩抜きした桜の葉で包む、表に桜花(塩漬け)を飾ればさらに風情がでて美味しい。
今、大根サラダが人気である。大根は細切りにして氷水でパリッとさせて充分に水気をきる。水菜の軸を3センチほどに切ったものと、ラディッシュの薄切りと霜ふりにしたいかをドレッシングで和える。シンプルながら歯ざわりのいいサラダで、春、剣先いかならではの味わいである。(料理研究家)