味つづり〈117〉 倉橋 柏山

  春 の 若 菜  せり

  「大夫と 思へるものを 太刀佩きて 可爾波の田居に 芹そ摘みける」薜妙觀命婦。
 歌は、立派な太刀を身につけて堂々としていらっしゃるあなたが、お仕事を終えてから、私のために夜の間にこんなに芹を摘んでくださってありがとう、という意であるそうだ。
 この歌は万葉集に詠まれたもので、芹は古くから食用にされていた。
 芹は、せり科の多年草で、万葉表記では「世理」「芹子」。せりは、水気の多い湿地や川のほとりなどに自生する。水温15℃前後のところで良く育つ。日本が原産地とされる。
 茎と葉の色は緑色から赤褐色であるが、栽培ものは大方緑色である。
 夏に白色の小花を多数つける。香気と歯ざわりが好まれ、冬から春にかけて出るものを摘んで食べる。野生のものを山ぜりと言って、特に香気が勝って喜ばれる。
 根ぜりと言って、根がたっぷり張っているものが良く、充分に水洗いして鍋物や炒め物、汁物にすると歯ざわりが良く旨いものである。野生のものに限らず、栽培物でも根がたっぷり付いているので、無駄なく食べつくすことである。
 芹は、長いほふく枝を伸ばして繁殖する。この繁茂する様子が競い合っているように見えることから「芹(せり)」と名付けられた。
 野生の物には毒ぜりがあるので注意して摘んでほしいものである。
 市販される多くは栽培物で、野生物より、香気や歯ざわりがうすいようである。
 芹の茹ですぎは禁物で、サッと茹でて水洗いしてお浸しにするのが最も簡単で芹特有の香気を楽しむことができる。
 芹入り玉子豆腐は彩どりも良く、先付、椀種などに良いのではないだろうか。
 昆布とかつお節で引いただし汁に酒、みりん、塩、淡口醤油各少々で調味して冷まし、だし汁で同量の溶き卵を合わせて、茹でて刻んだ芹を加えて流し缶にきめ、二~三分強火で蒸し、表面の色が少し変わったら弱火にして十五、六分蒸す。好みに切り分けて熱いままで、冷たくしても美味である。
 昆布と酒と塩を適宜加えてご飯を炊き、茹でて細々に刻んだ芹を加えてよく混ぜた芹飯しも春ならではの味である。
 私が好きなのは、芹素麺玉子とじである。素麺はメーカーによって太さが多少異なるので、太目の腰の強いものを固めに茹でる。
 濃厚なかつおだし汁を火にかけ、酒、みりん、淡口醤油、塩少々で調味して、茹でた素麺を加えてひと吹きしたら、溶き卵を全体に流し入れ、半熟で火を止めて、器に移し入れ、熱々をたぐる。素麺も芹も火を通しすぎないことである。流し入れた卵は半熟くらいで余熱で火を通すことである。
 芹の磯辺揚げ。芹は生でも茹でたものでも良いが、ざっくり刻んで、すりおろした山芋をからめ、海苔で巻いて油で揚げて切り分け、器に盛って旨つゆを注ぎ、山葵か刻み柚子を天盛りにする。
 旨つゆは、だし汁五に対し、みりん、酒、淡口醤油各一の割合で鍋に入れ、煮立てて用いる。味は各自好みがあるので、淡口の代りに濃口醤油、砂糖少々を加えても良い。
 胡麻和え、白和え、くるみ和えなども相性が良く旨いものである。
 茹でて刻んでしっかり水気を切って和えることで、マヨネーズにわさびと醤油少々で味加減を調えて和えると、若い方にいいだろう。
 牛肉の薄切りを広げて茹でた芹を巻き、フライパンに油を引いて転がしながら煮詰めて切り分け、切り口を上にして器に三切れほど盛り付ける芹の肉巻きは格別の味である。