味つづり〈103〉 倉橋 柏山
鮎の姿ずし池波正太郎の『鬼平犯科帳』が好きで読む。さむらい松五郎編に、鮎飯の描写がある。池波正太郎氏は食通で、江戸時代の食にも造詣が深く、江戸時代に鮎飯は食べられていたのであろうが、享和2年(1802年)に刊行された『名飯部類』に、香魚(鮎)ずしはあるが、鮎飯の記載が見あたらない。『名飯部類』は飯の炊き方(麦、あわ、ひえ…)をはじめ、粥、雑炊、すし、かてめしと、360種の米を主体にした料理が記されるが鮎飯はなぜか無い。鮎飯はこの稿87回で取り上げているので、鮎の姿ずしを紹介しようと思う。
鮎は塩焼きに勝る食べ方はないと思っている。が、鮎飯もことのほか旨い。次がすしであろう。鮎は珪藻(川ごけ)を食べて成育するので、各河川によって微妙に味、香りが異なる。それゆえ香魚と呼ばれる。
若い頃、解禁と共に各地の鮎を食べているが、ことごとく微妙に味が異なる。また、その年々の寒暖や気候によっても味が異なるようである。だから食通や釣り人は、鮎の解禁と共に目的の河川に向かうのであろう。私は食通ではないが、故郷の川で旨い鮎を食べて育っている、ただの鮎好きだけのことである。
埼玉県の寄居町には鮎料理で有名な割烹旅館があり、何度か訪れている。荒川の旨い天然鮎をコースで食べさせてくれる。が、気候や雨の多い少ないなどで鮎の味も異なるように思う。
天然鮎が手軽に入手できない今日、養殖の鮎でもそこそこの味が楽しめるのは「鮨」である。
『名飯部類』の鮎ずしは、酢に塩を入れて小鮎を洗い、飯を桶にひととおりおき、その上に鮎を並べ、酢を上から振り、また飯をおく。これを幾度も繰り返す。一日ほどして食べる、とある。三枚におろした身を箱に並べ、飯をおき、酢を振りかけ、身、飯と繰り返し、少しねかせて食べた。二種の鮎ずしが記載されている。
姿ずしに移ろう。中ぶりの鮎を求め、ウロコを引く。鮎はウロコが無いように見えるが、小さなウロコがびっしりついているので、ていねいにウロコを引く。
姿ずしであるから、頭を付けたまま、頭もともに腹開きにする。内臓を取り除き、よく水洗いをする。特に中骨にそった血合の部分をていねいに洗って水分をふき取る。
全体に粗塩を振ってざるに並べて2時間ほど塩でしめる。さっと洗い、水気をふきとって生酢に2〜30分浸す。汁気をふきとり、巻きすを広げ、その上に固く絞った清潔な布巾をのせ、酢じめの鮎を腹身が上になるように置き、すし飯を全体に棒状に乗せ、布巾と共に巻きすで巻き、すし飯の部分が真下になるように置いて、形を整えてながら全体に力を加えてしっかり、すし飯がはみ出さないように巻きしめる。
すぐ食べるより、ラップか布巾をかけ、身がかわかないように2〜3時間ねかせて、食べ良く切り分け、酢取り生姜を添えて美しい姿に盛り付ける。すし飯に刻み蓼の葉や、煎り胡麻をざっくり混ぜて味にアクセントをつけて食べるのもいいものである。
すし飯は同量の水で炊き、米4カップに対し、酢100cc、砂糖大さじ5〜6杯、塩大さじ2〜3杯が目安。味はあくまでも好みで塩梅することである。
一夜干しにしても旨い。鮎の頭を残し、肩口から背開きにして内臓を取り、水洗いして(立塩が理想)水気をふき、酒4、淡口醤油1にみりんを加えた中に2〜30分浸し、金串などに刺して一晩干す。さっと炙って食べる。
水に酒を四割ほど加え、素焼きした鮎を二つに切り、二時間ほど炊き、ていねいにアクを取り、味噌を加えてさらに弱火で一時間ほど煮てアクを取り、だし汁と味噌を加えた鮎のこくしょう仕立(鮎の味噌汁)も旨い。薬味は針生姜か粉山椒。