味つづり〈100〉 倉橋 柏山
 
 きりたんぽ鍋

 秋田県の郷土料理に「きりたんぽ」を使った旨い鍋料理がある。
 新米の美味しい十月初旬、秋田の知人から、きりたんぽ鍋一式の具材が送られてくる。
 比内鶏と、そのスープで味わうきりたんぽ鍋は、至福以外の何ものでもない美味である。
 きいたんぽの由来は諸説あるが、残りご飯の腐敗を防ぐ目的で発達したのが最も有力のようである。
 秋田は米どころであるが、昔は貧しい家も多く、主食の米は大切に扱われてきた。樵や猟師は、朝飯を多めに炊き、残りは味噌や醤油をぬって焼きむすびを作り弁当にした。味噌や醤油をぬって焼くと冷めても美味しく、日持ちもする。曲わっぱに詰めるとさらに日持ちがして味もあまり変わらない。
 秋田杉を細い棒状に削り、飯を半搗きにして、棒に巻きつけて焼くと保存がきく。平安時代や戦国武士の兵糧食であった屯食が発達したという説もある。また、今日の御幣餅が原形ともいわれる。
 古い伝え話に、南部の殿様が、大館近くの花輪を視察した折、接待に頭を痛めた結果、樵の焼きむすびが旨いことから、丸く細い棒に飯を巻きつけ、焚火でこんがり焼いて差し上げた。殿様は大変喜ばれ、「これは何という食物じゃ!!」と聞かれ、苦肉の策、「きりたんぽ」と答えたという。出来すぎた話であるが、「切短穂(きりたんぽ)」は、今日の焼きちくわに似た形で、けい古用の短穂槍の穂先を思わせるからと、ものの本にある。
 新米に一〜二割のもち米を加え、やや固目に炊き、半殺し(半搗きの餅状)にして、秋田杉の細い棒に巻き付け、炭火にかざして焦げ目が付く程度に焼き上げて、真空パックに詰めて今日市販されている。
 以前、秋田の知人宅で、囲炉裏で焼き、くるみ味噌をぬって炙った味が忘れられない。地酒の冷も旨いが、どぶろくの茶碗酒は、夜の更けるのも忘れるほど飲み、しめの鍋で鱈腹喰って飲み明かした。
 秋田の比内鶏という旨い地鶏でスープを引き、酒をやや多めに、薄口醤油と塩少々で調味し、土鍋にたっぷり注ぎ、煮立ったら比内鶏のぶつ切りを加え、内臓や腹子の霜ふりと共に煮込み、しらたき、ささがき牛蒡、焼き豆腐、長葱などを加えて煮ながら食べる。きりたんぽは煮過ぎると崩れるので程よく味が浸みた頃合いで食べる。秋田はきのこどころでもあり、天然の舞茸と芹は、きりたんぽ鍋に欠かせないようである。
 料理書には、だし汁何カップ、調味料大さじ何杯などと書かれるが、あくまでも目安である。鍋物は時間をかけて楽しむので汁が煮詰まる。そのつどおぎなって我が家流の味を楽しんでほしいものである。
 きりたんぽは市販されるので入手は簡単であろうが、比内鶏の入手がむずかしい場合は、各地の地鶏をおすすめする。市販のブロイラーよりははるかに旨い。
 秋田は米どころ。ご飯を上手に利用する技を知っている。「だまっこ」という食べ方もある。すり鉢などで炊き立てのご飯を半搗きにすると、糖化が進み、甘みが増す。焼くことによって澱粉質の香はしさが倍増され、味が変身して旨さが増す。きりたんぽ鍋は、郷土料理を越え、鍋物として上位の味である。
 「だまっこ」は、搗いたご飯を団子状に丸めたもので、鍋に入れる他、汁の実、胡麻味噌をぬり付けて焼いても旨い。煮過ぎると崩れるので、山芋をおろして加える。おろしれんこん、白身魚のすり身などを混ぜ込むと、煮崩れることもなく、美味しい鍋物を楽しむことができる。
 胡麻をまぶしで油で揚げる。そぼろ肉を加えるなど、味と楽しみ方も変わってくる。
 マッシュポテトを混ぜてパン粉を付けて油で揚げれば、だまっこコロッケ、肉を巻いて揚げても旨い。味付けは好みである。