味つづり〈73〉 倉橋 柏山
冬 の 至 福 鍋
秋田県の代表的な郷土料理に「きりたんぽ」がある。名前の由来は、槍の先につける“たんぽ”。つまりけいこ用の槍先につける皮や布を包んだものに形が似ていたからといわれる。
黄金色に実った稲穂の新米で作るのが最上の味とされる。秋田杉を1センチ強の太さの丸い棒状に削り、ややかために炊いた新米を、米粒の形が少し残る程度につきつぶし、棒に長くぬりつけ、塩水でぬらした布巾を絞った上で転がしながら円筒状に形を整え、炉端の炭火に立てかけ、焦げ目が付いたらまわして焼きあげる。これに甘味噌や鶏味噌、胡麻だれなどをぬりつけて食べるのも旨いものである。きりたんぽの至上の味わい方は鍋である。秋田には比内鶏という実に旨い地鶏がある。この鶏のガラスープを取り、鍋にスープを入れ、酒を加え、塩と醤油で調味する。食べ良く切った比内鶏の火の通り頃合に野菜、きのこ、焼き豆腐などの好きな材料と一緒に煮ながら食べる。私見であるが、この鍋に欠かせないのが、笹がきごぼう、せり、しらたき、舞茸である。私のところに秋田の知人より、毎年十月十日前後にきりたんぽ一式が送られてくるので、わが家では鍋とガスコンロを用意すればいいのである。しめは、雑炊。雑炊食べたさに鍋にするという方も居るほど、鍋のあとの雑炊は旨いが、主役は米であるので、わが家ではうどんである。秋田には稲庭という旨いうどんもある。
きりたんぽが沢山送られて残るので、茶碗蒸し風にして食べてみた。1センチほど輪切りにして、小茶碗に入れ、小さく切った鶏肉又は海老、きくらげを入れ、溶き卵1の割合に調味しただし汁を注ぎ、最初の2分間ほど強火で蒸し、表面の色が変わったら13〜4分弱火で蒸しあげ、刻み柚子か三つ葉を散らして食べる。きりたんぽのしこしこ感が実にいい。一寸面倒だが、穴に鶏のひき肉か叩いた海老を詰め、薄衣の天ぷら風に油で揚げる。塩を振って酒のあてに最適である。
食べるラー油がはやりのようで、マヨネーズに食べるラー油と醤油少々を混ぜ、これに付けて食べるという手もある。
親子丼風に、鶏肉か豚肉で卵でとじるなど、工夫次第で食べ方もいろいろ出来るが、きりたんぽは鍋にするのが絶品であり、至福の味である。
秋田には、しょっつる(塩汁、醢汁)という特産の魚醤がある。はたはたが豊漁の昔、保存のためはたはたを塩漬けにしたのが塩汁のはじまりとか。昔は自家製で各自が独特の塩汁を作り、漬液を調味料として用いた。はたはたで作るのが最上であるが、いわし、あみ、いかなごなどをたっぷりの塩で漬ける。重石をして十日も漬けると、生臭い赤い液が出る。浮いた生臭い液が出なくなるまで毎日取り除き、さらに追い塩をして2〜3年熟成発酵させ、汁を煮沸させて冷まし、布で漉して透明な淡褐色の液体がしょっつる(塩汁)である。魚を強塩で数年漬け込んだ発酵液体であるから塩分濃度が高く、塩っ辛いが、使い方次第で旨い調味料となり、しょっつる鍋も秋田の旨い物の一つ。はたはたぶり子と呼ぶ腹に子持ちを鍋物にする。大きなほたて貝の殻を鍋代りに用いると、しょっつる貝焼きと呼ぶ。
私は、きりたんぽもしょっつる鍋も秋田の本番の味を堪能しているが、はたはたもきりたんぽもデパートの特産展などで入手出来るので、秋田名物を手軽に味わうことが出来る。
この塩汁を調味料として用いたきりたんぽ鍋も旨い。この場合、スープではなく、昆布とかつお節で引いた汁を塩汁で調味して、酒、みりんを加えて味を整える。入手出来れば比内鶏の代わりにはたはたを用いる。鱈や金目鯛でもいいだろう。白菜、長葱、舞茸、笹がきごぼう、せり、焼き豆腐、しらたきなど身近に入手出来る材料を食べよく切って加えて煮ながら鍋を囲む冬の至福である。