味つづり〈57〉 倉橋 柏山
し も つ か れ鬼を祓い、福を招く除災招福の行事が節分である。節分は、立春の前日で、節分が終われば春。春は名のみで、2月の寒さはきびしいものである。2月のきびしい寒さの中、凍るほど冷たい郷土料理に『しもつかれ』というのがある。
荒縄でぶら下げておいた塩鮭も1月を過ぎると頭と骨だけになる。塩鮭の頭のぶつ切りと、節分の豆、鬼おろしの大根を炊き合せたのがしもつかれである。栃木県の郷土料理で、初午の日に作り、お稲荷さんに供えて無病息災を祈る。しもつかれの由来は「下野家例(しもつけかれい)あるいは嘉例」がなまったものと、ものの本にある。この料理は、竹で作った鬼おろし器という専用の粗い大根おろし器を用いないと旨く作ることが出来ない。近年は少々小ぶりの物であるが、鬼おろし器は各地で見かけるので、手軽に入手できるようになった。飽食の今日、決して旨い料理の部類には入らないが、地元の人間は食べ慣れた素朴なすてがたい味である。
作り方は簡単。大根は鬼おろしでおろして鍋に入れる。小さく刻んだ鮭の頭、節分の残り豆、酢少々を加え、汁気が少なくなるまで煮含める。ただこれだけである。昔の鮭は塩が表面に吹き出るほど塩辛いので、塩分は鮭の頭の分で充分であった。酢が少し入ることと、大根のジアスターゼの力で頭もやわらかく、鮭の旨味も浸み出す。翌日、凍るほど冷めたしもつかれをご飯にまぶして食べる。味が充分に浸み込み、食べなれた者には旨いのである。
作り方の基本はシンプルで素朴なものであるが、家によって、刻んだ油揚げ、人参、酒粕、砂糖と醤油少々を加えて煮あげるようだ。鮭は頭だけではなく身を加える。また、塩ぶりなどを加えるとさらなる美味な味となる。栃木県のみの料理かと思ったら埼玉、千葉県にも似た料理があるようだ。2月の初の午の日は京都伏見稲荷大社に神様が降りた日。全国の稲荷信仰がはじまった大本山。蚕や牛馬の祭日でもあり、農事信仰につながる日でもある。
煎り豆飯も旨い。煎り豆の薄皮をむく。水加減したお米に昆布、酒、塩で味加減をととのえて炊きあげる。水煮にした大豆を煎り豆と同じように炊いても旨い豆ご飯になる。
煎り豆あちゃらという食べ方もある。さっとあぶったするめは3cmの長さの細切りにする。昆布、人参もするめと同じに切る。切り干し大根は水に浸してもどし、水気をしぼる。酢1カップ、醤油1カップ、酒、みりん各1割弱と、砂糖適宜を加えてひと煮立ちさせ、種を取った赤唐辛子の輪切りと一緒に具材を漬け込み、軽く重石をのせ、2日ほど味をなじませてから食べる。日本酒のあてに、めしの菜にうってつけである。阿茶羅(あちゃら)とは、唐辛子を加えた南蛮渡来の漬物という意味である。
味噌仕立ての汁物にしても旨い。大根、人参、ごぼう、椎茸、こんにゃく、油揚げを小角に切る。胡麻油で材料を炒め、水を注ぎ、細切り昆布と煎り豆を加えて火にかけ、15分ほどアクを取りながら煮あげ、酒と味噌を溶き入れて調味する。刻み浅葱と七味唐辛子で熱々を食べる。具沢山の旨い汁物である。
今日、良く咀嚼するという食習慣が少ない。固い食べ物を良く噛んで食べる古き良き食べ方である「マゴハヤサシイ」日本料理の輪を拡げてほしいもので、ちなみに、マゴハヤサシイの、マは豆をはじめ大豆の食品類、ゴは胡麻、ハはわかめなどの海藻類、ヤは野菜、サは魚などの魚介類、シは椎茸などのきのこ類、イは芋などの根菜類のことである。これぞまさしく日本型の食生活の原風景。朝は炊き立ての熱いご飯、香り豊かな味噌汁を中心に、マゴハヤサシイをバランス良く取り入れ、彩り豊かで美味しい日本の良き食生活を見直してほしい。長寿国日本であるが、元気で長生きが真の長寿ではないだろうか。