味つづり〈113〉 倉橋 柏山
蜆(しじみ)ご飯味は寒蜆、土用蜆は腹薬。
土用蜆にかぎらず、蜆は黄疸に効くといわれ、黄疸の人は毎日蜆を食べさせられたとか。蜆は良質なたんぱく質を含み、消化が良い上に、ビタミンB₁₂が豊富に含まれているので肝臓の働きを強める。
昔の人は栄養のことなど知る由もなく、長い経験上から体に蜆が良いことを教えてくれたのであろう。
日本産の蜆には淡水に棲む真しじみ、河口に棲む大和しじみ、琵琶湖に棲む瀬田しじみの三種が蜆の総称とされている。その他に台湾、朝鮮半島、中国大陸、東南アジア一帯にも同種科の蜆が生息するそうだ。
市場には韓国産のきいろしじみが見られるそうだ。
真しじみは寒中が旬。大和しじみは土用の頃が美味であるが店頭には周年出回っている。また、大和しじみは松江の宍道湖が有名で大量に漁獲されるようである。
私は琵琶湖の瀬田しじみの旨い蜆ご飯を食べている。
蜆はたっぷりの水と一緒に火にかけ、口が開いたら火を止めて身を取り出す。洗ってざるにあげておいた米を炊飯器に入れ、茹で水を水代わりに用いる。酒と塩と淡口醤油少々で味加減をととのえて炊飯する。蒸れる少し前に蜆の身を加え、充分に蒸らしてよく混ぜて炊きたての熱々を食べる。身がたくさん入った蜆ご飯は実に旨いものである。
蜆の刺身という酒の肴向きの食べ方がある。貝殻をこすり洗いして充分水気を切り、濃口醤油に日本酒を一割ほど加えた中に漬け込む。目安一~二時間ほどで、この食べ方は寒蜆に限る。春の産卵期は避ける。
少々面倒くさい食べ方であるが、貝を開いて身を取り出しながら吟醸酒のあてには乙な味である。
「納豆と蜆に朝寝起こされる」という川柳があるが、昭和二十八年、私が東京に出た頃、納豆や蜆売りの声を聞いた記憶がある。
蜆と分葱の辛子酢味噌和えも、小鉢物として酒の肴にうってつけである。
分葱は根に近い部分を先に熱湯に入れ、軸の部分がしんなりしてきたら全体を沈めて火を通し、盆ざるに広げて全体に軽く塩を振り、急激にうちわであおいで冷ます。茹で汁は良いだし汁が出ているので汁物などに用いる。
白味噌に卵黄を加え、煮切りみりん少々と、酢、溶き辛子でのばす。甘味や塩分が足りない場合は好みでおぎなう。分葱は2・5センチ位の長さに切り、水分を十分にしぼって、蜆の身と一緒に和える。
和え物は下準備は前もってととのえておくが、食べる直前に和えることである。和えて時間がたつと水っぽく、味がぼやけてしまう。器に対して少なすぎず、多すぎないことである。器中央にすっきりつんもりと盛り付ける。酢味噌などは彩どりがあまり良くないので、木の芽か刻み柚子、クコなどいずれか一種頂点に添える。できるだけ細く打った針生姜なども相性である。
焼肉屋さんで蜆のチヂミという、お好み焼き風のものをいただいたことがある。
蜆が最も蜆らしい味を発揮するのは味噌汁であろう。寒蜆の煮えはなの熱々は、朝の活力源にもなる。
鍋に水を人数分(1人約百八十㏄ほど)と蜆をたっぷり入れて火にかける。貝の口が開いたら火を止めて貝を引き上げ、煮汁に八丁系の赤味噌を溶き入れて味をととのえる。
寒い朝は熱い汁でもすぐ冷めるので、お椀に熱湯を注いで温め、熱い蜆貝を入れ、煮えはなの熱々をたっぷり注ぎ、薬味に粉山椒をふりこむ。
味噌汁は煮返さないことである。できたての熱々をいただくことにつきる。真空パック入りの蜆があるが、しっかりと活貝を用いることに尽きる。