味つづり〈112〉 倉橋 柏山
    煮干しのだし

 私は結婚以来五十余年、朝は炊き立てのご飯に熱い味噌汁である。
 三十代に、二~三年パン食ということもあったが、一日の活力には、ご飯に味噌汁という考えで五十余続いている。
 味噌汁のだし汁は煮干しである。煮干しにも、うるめ鰯、かたくち鰯、あご、さっぱ、秋刀魚、鯖、あじ、鯛などと数多くあるが、真鰯のやや大ぶりの煮干しを我が家では用いている。少々クセはあるが濃厚なだしになるので、クセも味と心得て楽しんでいる。
 大方は、頭と内臓を取るが、我が家では、そのまま丸ごと用いている。
 だし汁は漉さずに丸ごと、私のお椀に入っている。妻は丸ごとお椀に入れないが、私のお椀に十尾近く入っている。五十余年だしがらに等しい煮干しを噛みしめている。
 三尾ほど口に入れて噛むこと、三十~四十回。十分に咀嚼して嚥下するには、百三十~四十回嚙まねばならない。そのせいか、検査の結果、骨密度は正常以上である。
 煮干しのだし汁で、商品として吸物に用いることはできないが、味噌汁や煮物、かつお節と併用して蕎麦だしにも用いることができ、煮干しを売りにしたラーメン店なども繁盛している。
 営業用として煮干しを用いる場合、かたくち鰯の稚魚煮干しのいりこを用いるとクセも少ないので、昆布や椎茸と一緒に引くと旨いだし汁になる。
 昆布と干し椎茸を二時間ほど水に浸して火にかけて煮干しを加え、煮立つ間際で昆布を引出し、五~六分煮出す。椎茸は汁がにごり、味がきついのでほどほどの量にする。また、昆布、煮干し、椎茸を水に長時間浸すという方法もある。いずれも、煮干しは、頭と内臓を取る方がいいのではないだろうか。
 昆布も真昆布、利尻、羅臼などとあり、それぞれだし汁の味も微妙に異なる。煮干しもしかり、かたくち鰯のいりこにも極く小さい小羽、中羽とあり、産地によっても味に違いが出るようである。
 最も大切なことは、鮮度である。脂焼けしたものや曲がった色あせしたものは避ける。背の部分が黒々と、腹側は銀白に近いもので、充分に乾燥した物を選んでほしい。
 すぐに手軽に使用できる方法として、中羽いりこの内臓を取り、身を二つに裂いて、厚手の鍋でじっくりと煎りあげる。強火で焦がすと苦味が出るので、弱火でゆっくり時間をかけて煎る。これをフードプロセッサーか、すり鉢で粉末にする。
 これは日持ちがするので時間のできたとき作り置きすると便利である。
 昆布だしに粉末にしたいりこを加えると、煮出す必要がほとんどなくてすむ。
 昆布を粉末にして粉末いりこと合わせて用いるという方法もある。
 料理書を見ると、水に昆布を加えて火にかけ、沸騰寸前で昆布を引き出すとあるが、良質の昆布は、四~五分火にかけたくらいで昆布の旨味を引き出すのは無理である。
 六十五~六度に温度を保って約一時間近く昆布を煮出すか、八~十時間水に浸す、水出しとあり、昆布の良し悪しでこの時間も異なる。また、長く浸すと多糖類が溶け出して粘りが出たり、細菌も繁茂するそうである。
 だしの取りがらでも、昆布や椎茸には充分旨味が残っているので、ためて置き、佃煮や煮物、塩昆布などにすると、常備菜として重宝である。
 昆布と煮干しと一緒に削りかつお節を併用すると、さらなる良いだし汁を味わうことができる。
 私は永年料理にたずさわっているが、天然素材に勝るものはない。特に煮干しにはカルシウムも多く、毎日取りたいものである。
 このコラムでくどいほど述べているが、素材はけちらず良い物を求め、無駄にしないことである。